野球クロスロードBACK NUMBER
「なんで…空振りが取れないんだ?」偏差値72“北海道No.1進学校”出身ドラ1投手が受けた“プロの衝撃” 1年上の田中将大は…「全然、レベルが違った」
posted2025/01/12 11:01
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph by
Sankei Shimbun
プロ野球のドラフトにおいて“インテリ”は、いつの時代も注目される。
これまで6人がプロとなった東京大出身者。1996年にオリックスから指名された筑波大のピッチャー・杉本友も「国立大出身者初のドラフト1位」と話題となった。
そして寺田龍平も、インテリのうちのひとりにカウントされる選手だった。
ADVERTISEMENT
高卒指名ながら北海道随一の進学校として名高い札幌南出身。ましてや、ドラフト1巡目ともなれば好奇の的となる。
「そういう選手って過去にあんまりいないじゃないですか。だから、自分がプロで頑張ることで『勉強も頑張る』みたいな選手が後に続けばいいな、と」
全国的には無名ながらも185センチの長身から放たれる145キロのストレートは魅力があり、高校3年夏の南北海道大会ではチームのベスト4進出の立役者となっていた。
1年目の春季キャンプでの壁…「空振りがとれない」
ドラフト指名時に「謎の1位」と周囲から囁かれたからと言っても、寺田には確かな実力と実績があった。
そんな寺田が疑心暗鬼となったのは、1年目の春季キャンプだったのだという。
寺田の記憶では、フリーバッティングでピッチャーとして最初に対峙したのは憲史だった。左のロングヒッターと呼ばれる31歳の中堅選手に自慢のストレートを投げ込むも、相手はことごとく打ち返してくる。
それは、寺田にとって初めてとも言える、いわば屈辱のような体験だった。
「これまでなら絶対に空振りを取れていたボールを当てられたり、カットされたりしたのがすごく衝撃でした。『なんで空振りが取れないんだ?』と思いながら投げてました」
1年目は一軍での登板はなく、二軍でも2試合の出場に終わった。イースタン・リーグの若手選手による混成チーム「フューチャーズ」の一員として投げる機会はあったが、寺田にとってはプロの壁の高さをまざまざと見せつけられるシーズンとなった。