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「何やってんだ、貴様!」順大・澤木啓祐監督が激怒のワケは? 24年前の箱根駅伝…“紫紺対決”最終盤で起きた超異例「2度の首位交代劇」ウラ話
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byJMPA
posted2025/01/03 11:01
9区を走った駒大・高橋正仁と順大・高橋謙介の首位争いは格下と思われた正仁が大健闘を見せる。一方の謙介は、徐々に追い詰められていった
ところが、である。6km過ぎ、沿道にいたコーチが奇妙なことを言った。
「後ろにすぐ来てるぞ!」
謙介は混乱した。
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「え? って。なんで? って」
でも、まだ後ろは向かなかった。しばらくすると雰囲気で走者がすぐ後ろに近づいてきたことがわかってきた。左90度の方向に長く伸びた影でも正仁の接近を確認できた。
「ほんとに来てるんだ、って。テンパりましたね。は? って」
7.2km地点で謙介は続けざまに二度、真後ろを振り向いた。二度目はまるで現実が信じられず、改めて確認したようにも見えたが、それ以前に気配は察知していたという。その証拠に謙介は正仁を背後に感じた瞬間、ペースを緩めている。
「相手が一気に抜きにきたときに対応できるように、って考えたんです」
だが、これが正仁への助け船になった。
「いいペースで走っていて、相手の方が力も下なのに…」
「追いついた瞬間にスパートされたら、置いていかれたでしょうね」
それはそうだろう。走力が劣るランナーが、相手を上回るペースで飛ばし、28秒差をわずか7kmでご破算にしてしまった。想像を超える負荷がかかっていたに違いない。しかし、謙介は完全に冷静さを欠いていた。
「相手の心理が読めれば仕掛けたと思いますよ。体力的な余裕はありましたから。でもパニクってる状態。いいペースで走っていて、相手の方が力も下なのに、なに? って」
頭の中は無数のクエスチョンマークで埋め尽くされ、思考する力を失っていた。
一方の正仁は追いついてからしばらく、真後ろにぴたりとついたまま動かなかった。
「前の年(2区で)うちの神屋(伸行)にやられていたので、同じことをやってやろうと」
謙介は案の定、苛立っていた。
「前に出んか! って、言いたいぐらい。神屋んときも、こんときも、全部、自分が引っ張らされた。無言で息づかいだけ聞こえるんですよ。嫌に決まってるじゃないですか」
それだけではない。正仁の揺さぶりは巧妙だ。「精神的に追い詰めてやろう」と真横に並び、抜くと見せかけては下がったりした。
「もうちょっとペースを上げていきましょうよ、というのもあった。3位に追いつかれて、3つどもえになるのは嫌だったので」