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「あの子の“察知能力”はすごいものがある」楽天・星野仙一はなぜ田中将大に託したのか? 巨人を倒して悲願の日本一「マー君が無双してたあの頃」
text by
永谷脩Osamu Nagatani
photograph byHideki Sugiyama
posted2024/12/26 17:01
楽天を日本一に導いた田中将大(当時25歳)
星野監督は今シーズン、“決着”をつける場面では、必ず田中にマウンドを託してきた。リーグ優勝を決めた9月26日、西武ドームでの西武戦の9回。そして、日本シリーズ進出を決めた10月21日、Kスタ宮城でのクライマックスシリーズのロッテ戦の9回である。
1点差という痺れる場面での登板だった西武戦はともかく、ロッテ戦は、リードが3点もある中での登板だった。田中は試合後、「地元Kスタで監督を胴上げ出来たのが一番」と言って、自分のピッチングについては一切語ろうとしなかった。日本シリーズ第1戦が、5日後に迫っていた。
それでも星野監督は、クライマックスシリーズで初戦の先発を任せたように、日本シリーズでもやはり第1戦は田中に投げさせたい、という気持ちだった。佐藤コーチにポツリとこう漏らした。
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「田中、中4日でいけるのかな」
佐藤は、直接、本人に訊くことにした。田中とのつき合いがもう5年になる佐藤は、田中の性格を熟知している。
「田中本人は、いつでも自分がより良い状態で投げたいというタイプ。名誉とか見栄とかはあまり気にしない。ただ、自分が口にしたことは、キッチリと責任を持ってやり遂げてくれる」
怪物・江川卓に通ずる“察知能力”
今季の開幕戦、ヤフオクドームでのソフトバンク戦で開幕投手の栄誉を担ったのは、田中ではなく、新人の則本昂大であった。この時も佐藤は田中に、投げるかどうか訊いている。田中はWBCから帰国したばかりで、当然、疲労は残っていた。それでも、相手のエース・摂津正は開幕戦に投げる。エース同士の意地もある。だが、その時の田中の答えは、「疲れの具合を考えて、あと2日調整させて下さい」だった。
「今年、田中があれだけ連勝したことを考えたら、無理をして開幕に持ってこなくてよかったと思う。まずは本人が納得して投げてくれるのが大事だし、俺たちだって、選手がより良い状態で仕事をしてくれる方を選ぶんだから」
日本シリーズの開幕前、佐藤は田中に意思を訊いた。田中にしてみれば、“(中4日の登板に)少しでも不安を持っているから、自分に訊いてくるんだ”と思ったに違いない。田中と同じような“察知能力”を持っていた江川卓が、かつてこんなことを言ったのを思い出す。
「“お前しかいない、行け”と言われれば、そりゃ、行きますよ。“行けるか?”と訊かれれば、それは、良い状態で投げられる登板を選びますね」
田中も、より良い状態で投げられるのは中4日よりも中5日だと判断し、第2戦の登板を選択した。佐藤が言う。
「自分で判断できる投手だし、自分が決めたら、キチンと仕事をしてくれるからね。それに、あの時は台風が近づいて来てた。もし初戦が雨で流れて翌日に順延となった場合に、中5日でキチンと調整できている田中が待っていれば心強い。Kスタで2勝、と皮算用をしたけれど、万が一、初戦で負けても田中で2戦目をとれば、1勝1敗のタイに追いついて移動日を迎えられる。負けて移動するのと、勝って移動するのとでは、気持ちも違ってくる。だから、2戦目を任せることにした」
初戦の先発を回避したことについて、田中の耳に、様々な雑音が聞こえてきた。シーズン中にも“エース対決を回避するから連勝できている”という声があった。田中は内心、こう思っていた。
「結果を出して、周囲を黙らせたい」
〈つづく〉
◆後編では田中将大が2013年で喫した唯一の黒星と、160球を投げた翌日にマウンドに上がった日本シリーズ第7戦を振り返ります。(初出:Number841号/2013年11月14日売)