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「『もう必要ない』と言われたりもしましたけど」…代表活動は「最後のつもり」バスケ日本代表“諦めない男”比江島慎(34歳)が語る“苦労人の軌跡” 

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ミムラユウスケ

ミムラユウスケYusuke Mimura

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posted2025/01/11 11:04

「『もう必要ない』と言われたりもしましたけど」…代表活動は「最後のつもり」バスケ日本代表“諦めない男”比江島慎(34歳)が語る“苦労人の軌跡”<Number Web> photograph by FIBA

アジア杯予選2連戦で「最後の日本代表の活動のつもり」との意向を示した比江島慎(34歳)。2012年の代表選出以降、長らく主力として戦ってきた

 W杯の半年後で、当初予定されていた東京五輪の半年前にあたる、2020年2月初頭に行なわれた日本代表合宿でのことだ。

 当時のブレックスのチームメイトで、日本への帰化が認められて代表入したばかりのライアン・ロシターという選手がいた。彼の代表合宿中のプレーを語るとき、比江島は確かに興奮していた。

「すごかったですよ。今まで見たことがないくらいの気迫を感じたというか……。リバウンド争いでもファウルを恐れない勢いで飛び込んだり。ああいう姿勢はこれまでの僕らに足りなかったものでもあると思うので、その激しさに僕らもつられて、良い練習ができたんじゃないかなと思いますね」

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 情熱を持った人間は、同じような熱を持った人間にインスパイアされる。あのときの比江島がまさにそうだった。

「自己犠牲の精神を持って、日本のために」

 当時の代表合宿では、選手が複数のグループに分かれ、代表への想いや価値についてディスカッションする取り組みがあった。その席で、前年に日本で開催されたラグビーW杯を例に挙げながら、熱い想いを発する比江島がいた。

「自己犠牲の精神をしっかりと持って、日本のために戦おう。ラグビー日本代表をそのままマネしようというわけではないけど、みんなを引き込んで、日本国民を味方につけていけるようになりたいから。そのために、僕らはしっかり身体を張ってやっていきましょう」

 ただ、この合宿が行なわれた2020年の2月というのは、新型コロナウイルスの猛威が日本にも広がり始めていた時期だ。当然、バスケ界も足踏みを余儀なくされた。今になって思えば、コロナ禍がなければ比江島の進化にもっと多くの人が気づいていたかもしれない。

 もっとも、比江島が変わったからといって、すぐに日本代表が変わったわけではなかった。

 2021年に行なわれた東京五輪で、日本はまたしても全敗に終わった。そして、2023年W杯の沖縄での初戦でも敗れてしまった。

 ただ、そこから不死鳥のように蘇り、W杯でアジア最上位の成績を残して、パリ五輪出場権を獲得した。その戦いぶりを受け、比江島は「絶対に諦めない男」としてCMにも出演する全国区のアスリートになった。そして、今年のパリ五輪にも出場した。わずか12カ国しか出場できない大会で日本は3連敗に終わったものの、最終的に準優勝に輝くフランス代表とも死闘を演じた。

【次ページ】 代表だけでなくクラブチームでも愛されるワケ

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