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「藤井(聡太)さんも言ってましたけど…」「結果も内容もすごく悪い」永瀬拓矢32歳が王座戦連敗後、悔やみつつ語った「人間らしさ」とは
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph byKeiji Ishikawa
posted2024/09/26 06:03
激闘となった2023年の王座戦、藤井−永瀬。そこから1年、挑戦者となった32歳はどんな歩みだったのか
「今後の公式戦では(81手目に)先手が香を打った手の代わりに銀を引く手が指されると思うので、本局の代案は現れないでしょう」
AIでの事前研究が切れて自力勝負になった直後の局面はバランスを取るのが非常に難しい。将棋には流れがあるのだが、そこまでの手順の組み立てをAIに頼っているので、一手一手の意味を深く理解していないとすぐに間違えてしまうのだ。
そうは言っても永瀬ほどの棋士が間違えてしまうのには理由がある。
「藤井さんも言ってましたけど、この将棋は両者ともに自玉にキズを抱えています。だから攻めている時にも自玉を無視できない。それだけ考える材料が増えるんです。先手は左の銀を取られましたが、最下段の飛車がよく守備に利いていますし、1四の角が6九の地点に利いているのが大きい。一方で後手は銀を取れましたが、2一の桂が使えませんし、2二の銀が壁になっている。後手は駒得の実利は取りやすいけど、駒の効率が落ちます」
結果も内容もものすごく悪い…永瀬は再び口を開いた
連敗となった本局をどう総括しているのか。
「難しい将棋でしたが、自分のパフォーマンスがよければよい将棋になったと思います。藤井さんと五番勝負で2局指してみて、結果も内容もものすごく悪い」
そう漏らしてから永瀬は黙った。私は自分から話を切り出すか、永瀬の話を待つか迷い、結果的に後者を選択した。この時点で取材時間は15分ほど。再び永瀬が口を開いてから取材が終わるまでにさらに1時間以上がかかるとは、この時点では想像がつかなかった。
長い夜が本格的に始まった。
人間らしさを獲得したと言えるのかもしれません
前期の王座戦五番勝負で名誉王座の永世称号が懸かっていた永瀬拓矢は第4局で詰みを逃して逆転負けを喫し、藤井聡太に将棋界初の八冠全制覇を達成させた。
それから1年。永瀬は各棋戦で上位に顔を出すも、なかなかタイトル戦には出場できなかった。だが永瀬は王座戦挑戦者決定トーナメントで鈴木大介九段、羽生善治九段という敬愛し尊敬する先輩棋士たちを倒し、挑戦権を獲得した。久しぶりのタイトル戦登場が、昨年に劇的な決着をした王座戦であることに、永瀬は「運命的」という言葉を使った。
誰もが楽しみにしていた今期の五番勝負。だが永瀬は「やりがいはありますが、楽しみではない。命を削り合うのは楽しみではありません」と開幕前に明瞭な口調で言い切った。すべてを懸けて臨んでいたが、開幕2連敗を喫したのである。