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「実力としてまだ足りない」藤井聡太“八冠独占”から1年後の王座戦再戦…永瀬拓矢「止まっていた時間を前に」2人の心に芽生える“新局面”
posted2024/09/08 06:01
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph by
日本将棋連盟
藤井聡太王座(22=竜王・名人・王位・棋王・王将・棋聖を含めて七冠)に永瀬拓矢九段(32)が挑戦している第72期王座戦五番勝負。第1局は9月4日に神奈川県秦野市「元湯陣屋」で行われ、藤井王座が激闘の末に先勝した。その1年前の10月11日には、王座戦第4局で挑戦者の藤井七冠が永瀬王座を3勝1敗で破って王座を奪取し、史上初の「八冠制覇」を21歳2カ月で達成した。あれから1年たった……。
棋聖と王位の永世称号を取得したが叡王戦で初めて敗退した藤井、王座奪還に向けての永瀬の決意、研究パートナーでもある両者、今後の展望などについて、田丸昇九段が解説する。【棋士の肩書は当時】
1年前、藤井は「苦しい将棋が多かった」
昨年の王座戦第4局の最終盤の局面で永瀬が勝ち筋となり、AI(人工知能)の形勢評価値は《99−1》と圧倒的に勝勢だった。ところが、その直後に永瀬の読みに見落としがあり、敗勢に陥ってしまった。実は第3局の終盤でも勝ち筋を逃していて、永瀬が3勝1敗で王座を防衛という逆の結果もありえた内容だった。
「運も実力」という。
藤井は何かの見えない力で背中を押されたように、八冠制覇の偉業を達成した。終局後の記者会見では、こう率直に語っている。
「王座戦は苦しい将棋が多かったので、実力としてまだ足りないと感じています。全冠制覇という点では、羽生先生(善治九段)の七冠(1996年に達成)の記録に並びましたが、羽生先生はその後もトップ棋士として活躍しています。自分も今後は息長く活躍したいと思います。まずは実力をもっとつけ、面白い将棋を指すのが一番の目標です」
永瀬が再戦で感じる「運命」
一方の永瀬は王座戦での敗退以降について、複数のインタビューで次のように語っていた。
〈昨年の王座戦は、自分としては内容が良かったので悔いが残るシリーズでした。精神的に深いダメージが残ってしまい、しばらく立ち直れませんでした。そんな影響で調子を崩し、勝勢の局面で勝ち切れなかったり、公式戦で何連敗もしました。でも自分の弱さと向き合う機会にもなりました。
今年2月に朝日杯将棋オープン戦決勝で藤井さんに勝ち、全棋士参加棋戦で初優勝したのはうれしかったです。ただ自分の知っている(強い)藤井さんではなかった……。藤井さんとの練習将棋は、昨年の王座戦が終わってから再開しました。以前は大きく負け越しましたが、最近はほぼ五分の成績です。自分の将棋は、良い状態になっていると思っています。今までは技術面のみを重視してきましたが、精神的な強さも身につけたいです〉