「それでいいんだ。そのままやれば、必ず勝てるぞ」

　このときの濃密な時間を称して、広岡は「お互いに研究して苦労した仲だ」と口にした。広岡が師であるならば、松岡は弟子だった。師と弟子はともに試行錯誤を繰り返しながら、ようやくピッチングの極意を体得したのである。松岡は言う。

「最初は反発の思いも強かったけど、次第に“もういいよ、諦めて言う通りにしよう”という気持ちになってきましたね。それで、言うことを聞いたふりをしながら続けていたんだけど、さらにその後には、“やってみて悪いことがないなら、続けてみるのもいいかな”という気持ちになってきた。結局、言うことを聞かざるを得ない状況に追い込まれていたんだと思いますよ。あんまりこの言葉は使いたくないけど、やっぱり、《洗脳》の効果が出てきたんじゃないのかな？」

「軸」を確立した松岡弘のピッチングフォーム　©JIJI PRESS

　ある日の試合後、いつものようにマンツーマンでシャドーピッチングをしていたときのことだった。広岡が静かに口を開いた。

「よし、明日いくぞ」

　その瞬間、松岡は（あぁ、やっと終わった……）と安堵する。当初は、言われるがまま一本足で立ち、シャドーピッチングを繰り返していただけだった。それでも少しずつ「立ったときのバランスがよくなった」という実感が芽生えていた。これが、試合においてどのような結果をもたらすのかはわからなかった。それでも、ようやく「空白の26日間」が終わろうとしていた。このとき広岡はこんな言葉をつけ加えた。

「そう、それでいいんだ。そのままやれば、必ず勝てるぞ」

　復活登板となった7月2日の中日ドラゴンズ戦で、松岡は127球を投げて見事な完投勝利を挙げている。師弟の特訓の成果が早くも発揮されたのである。

「広岡さんの言葉として、“お前は軸が強いからちゃんとできる。お前にはそれだけの力がある”と、堀内（庄・ピッチングコーチ）さんを通じて言われていました。“軸足で立ったときに、自分の体重が足の裏全体にグッと乗っているのが自分でわかる。わからなければダメなんだ”とも言われました。その当時は、ハッキリと自覚していたわけではないけど、真っ直ぐ立ったときにフラフラしないし、投げていて、“おっ”と思うこともありましたね」

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