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「巨人は一番、行きたくなかった」“V9戦士”高田繁(78)が語る22歳の新人時代「夏は昼から炎天下の後楽園で…」「(二軍降格は)土井さんが悪い」
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byJIJI PRESS
posted2024/05/15 11:02
巨人ルーキー時代の高田氏。その年の日本シリーズではMVP獲得など活躍したが、現在の度会にも「夏への課題」を口にする
――そんな高田さんから見たDeNAのドラ1・度会隆輝の魅力はなんですか?
高田 まずはヘッドの走りがいい。インサイドの厳しい球もうまく捌ける。そしてなにより、2ストライクまであれだけ思い切って振れるでしょ。それでいて空振りがあんまりない。さらに追い込まれても粘れるしね。あのバッティングは使いたくなるね。ただし、野手は夏に活躍しないといい成績は残せない。これからピッチャーが疲れてきて、暑くなっていくなかでの試合を、どう乗り切っていくかがカギだけどね。
一般的には難関だが…「夏が得意な新人もいる」
――やはり疲れがピークに来る夏場はルーキーの難関でもあるんですね。
高田 いや、壁に当たらない選手もいるし、夏が得意な新人もいる。現に俺なんか、プロに入った1年目に「疲れた」と思ったことないよ。
――さすが浪商、明治大学と野球地獄を潜り抜けてきた体力ですね。
高田 俺がルーキーの年のはじめての夏は、川上さんに指名されて10日間マンツーマンで特別練習をしていたよ。不調だったわけでもないけど、今のうちにやっておこうという考えだったのかもしれないね。あの頃、夜の7時プレーボールやったけど、昼の1時に炎天下の後楽園に行ってね。1対1で毎日特打ちをやる。それが終わったらロッカーで昼寝して、5時頃から全体練習に合流してそのまま試合をやってね。
――高田さんは入団1年目からV9メンバーのレギュラーに割って入り打率3割、新人王と日本シリーズMVPまで獲ってしまったわけですけど……身をもって「そういうルーキーもいる」ことをまずはご自分で証明しているわけですね。
高田 いやいや、俺自身は活躍できるなんて思ってはいなかったのよ。なぜってV9の4回目の年がルーキーだからね。メンバーは長嶋さん王さんを筆頭に盤石や。ドラフトで巨人に指名された時、周りは「よかったね、よかったね」と喜んでくれたけど俺は一番行きたくなかった。試合に出られないじゃない。
幸い俺には足と守備と肩があった。でもプロはバッティングが違うんや。レギュラーになるには、一軍の主戦級のボールを打てるかどうか。最初は代走・守備要員でベンチに入れるように頑張ろうというのが正直なところだったね。