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「尚弥、頼むからジムに来ないでくれ…」井上尚弥に感じた“本当の恐ろしさ”…スパーリングで戦った八重樫東が証言「次の動きが読まれていく」《井上尚弥BEST》
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byYuki Suenaga
posted2024/05/07 11:01
井上尚弥のフィジカルトレーナーを務める八重樫東
「誇れることは、世界王者になったことではなく、何度負けても立ち上がってきたこと、って大橋会長が言っていたけど、本当にそう思います。本心は怖いけど、強い者に挑んでいく。僕は負けも多いけど、誰よりも観ている人の近くにいるような存在。そういうチャンピオンでいられたのかな」
これほどファンに愛されたボクサーも珍しい。「オール・オア・ナッシング」のボクシングの世界で、負けても輝く、稀有なチャンピオンだった。
井上尚弥からトレーナー打診「一度首を振った理由」
2021年秋のことだった。引退後、大橋ジムでトレーナーを務めていた八重樫は、井上から声をかけられた。
「僕のフィジカルトレーニングを見てもらえませんか」
八重樫は首を振った。当時の井上はバンタム級のWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)で優勝を飾り、米ラスベガスに進出。21戦全勝18KO。PFP(パウンド・フォー・パウンド)の上位に名を連ねるようになっていた。
「だって、尚弥は超一級品。フィジカルを見て、万が一、壊したらよくないし。もっといいトレーナーいるよ」
だが、井上はなおも食い下がってきた。スーパーバンタム級への転級を視野に入れ始めた時期だった。
「ボクシングが一番大事なんで、やっぱりボクシングを知っている人じゃないと嫌です」
井上も折れない。八重樫は意を決して受諾した。井上への恩返しになるだろう。トレーナーとしても、きっと得ることが多いはずだ。だが、それらのことより、決断する際、心に誓ったことがある。
「強い井上尚弥が、強い井上尚弥のままで終われるように。やっぱりボクサーはみんな負けて終わる。強い井上尚弥のまま現役を終えられるように。それが僕の裏テーマ。だから『やります』と言いました」
「尚弥はメイウェザーみたいに終われる」
リカルド・ロペス、フロイド・メイウェザーは無敗のままボクシング人生を終えた。「最強」と言われるチャンピオンの中でも、さらに選ばれしボクサーしか無敗で現役を終えることはできない。井上はここから「年齢の壁」「階級の壁」に直面するかもしれない。