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史上最年少15歳でドラフト指名され阪神へ…“神童”辻本賢人はいま、何をしている?「周りの人は僕が野球をやっていたことを知らない」
posted2024/04/08 11:01
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph by
Kiichi Matsumoto
「野球をやっていたことを知らない人が9割なので」
まだ桜がつぼみのまま閉じこもろうとしていた3月中旬、神戸の生田神社の近くにあるカフェで、ある翻訳家と話す機会があった。じっくりと向き合うのは久しぶりだった。あの頃をどのように過ごし、いまをどのように生きているのか……。彼と別れてから、ボイスレコーダーを聞き直した。ふと脳裏をよぎったのは、かつて読んだ本の一節だった。
《人間はひとりひとりがそれぞれじぶんの時間をもっている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。》(ミヒャエル・エンデ『モモ』岩波少年文庫、大島かおり訳)
翻訳家の朝は早い。彼とLINEでやり取りする時、メッセージが届くのはいつも午前4時である。海外と業務の打ち合わせをするために早起きするのだという。世の中が寝静まっている夜明け前に動きだすようになってから、ずいぶんの時が経つが、この生活サイクルを気に入っている。
「海外とは早朝から連絡を取り合うんですよね。でも、アメリカには最近、全然行ってないですね。時々、ロンドンに行ったりするくらいです」
辻本賢人が日本の雑誌や書籍の英訳を始めてから、もう10年以上が経つ。この1月で35歳になった。幼い頃から海外での生活が長かったこともあり、堪能な英語を生かし、時には日本にやってくる外国人のコーディネートも行う。
すらりとした長身で、長髪をなびかせ、あごひげを蓄えている。彫りが深く、個性的な風貌を見れば、芸術家か、音楽家か、あるいは銀幕の中に収まっていてもおかしくない。
彼が20年前、日本のプロ野球界において、世間の耳目を一身に集めた野球選手だったとは、誰も気づかないだろう。
「周りにいる仕事の関係者も、僕が野球をやっていたことを知らない人が9割なので」
そう言って彼はいたずらっぽく笑う。