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「岩瀬さんで…」殿堂入りの谷繁元信が忘れられない“伝説の日本一”の舞台裏…「自分が間違っていたのか」完全試合を逃した山井を救った一言
text by
小西斗真Toma Konishi
photograph byJIJI PRESS
posted2024/01/23 11:02
野球殿堂入り、通知式で挨拶する谷繁氏
「代わると言った自分が間違っていたのか」
美酒の余韻が冷めたころ、勝者の憂鬱は膨らんでは揺れた。日本一からおよそ4週間。ドラゴンズは長野県の温泉ホテルを貸し切り、恒例の納会を開催した。労をねぎらい、1年の疲れを癒やす。宴もたけなわを迎え、山井は先輩の谷繁の卓に向かい、ビールを注ごうとした。その時、谷繁からかけられた言葉が、今も忘れられないという。
「俺もそうだと思うよ」
誰も知らないシグナル
ドラゴンズという球団がファンがOBが、半世紀以上も追い求めていた日本一を目前にしていたあの瞬間、グラウンドにいた全選手が共有していた思いでもある。もちろん山井がそのまま投げても3人で抑えた確率はかなりあっただろうし、岩瀬に代えて打たれていた可能性も少なからずある。しかし、谷繁は1%でも勝つ確率を上げるために、心血を注いできた捕手だった。
ベンチの落合監督との間には、他の誰も知らないシグナルがあったという。それが出れば「そろそろ代え時です」。受けている者だけがわかるかすかな兆候を、落合監督は知りたがった。それほどまでの信頼を置かれていた正捕手には、森コーチと山井の会話が聞こえていた。そして「あの答えは正しかった」と言ってくれた。
「それまでのモヤモヤが、あの時の谷繁さんのひと言でパーッと晴れたんです」
山井は言った。谷繁も「あの試合が、僕にとってドラゴンズでの大きな思い出です」と懐かしむ。周囲が何と言おうとも、勝者には迷いも悔いもないのである。