濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「ひめかが引退して、強くなれた」 スターダム・舞華に芽生えたプライド…職人気質が号泣した日を乗り越えて「今回だけは譲っちゃダメなんです」
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byEssei Hara
posted2023/12/28 17:00
12月29日の両国国技館大会で、赤いベルトを懸け鈴季すずと対戦する舞華
「どん底」の経験が変えたもの
そんな状況でも試合は続く。逆にそれがよかったのか。秋のタッグリーグ戦はメーガン・ベーンと新たなタッグを結成し優勝。赤いベルトの王者・中野たむの負傷欠場が続き、タイトルを返上すると新王者決定戦に名乗りをあげた。トーナメントを勝ち上がり12月29日のビッグマッチ、両国国技館大会でベルトを争う。対戦するのはリーグ戦決勝で負けた鈴季すずだ。
もともと、すずはたむのベルトに挑戦するはずだった。タイトル獲得の“正規の権利”を持っているのは自分だという感覚があるのだろう。しかも相手は一度勝っている舞華だ。タイトルマッチ調印式、さらに前哨戦の後も乱闘に。すずは舞華に言い放った。
「お前はいつもハッピーエンドで終われねえんだよ。負ける星の下にいるんだ」
勝ちきれないキャリアそのものを指摘したのだ。だが舞華には「今までの自分とは違う」というプライドが芽生えていた。
「今まで赤いベルトに挑戦しては負けてきて“筋力が足りないのかな”とか“気持ちが弱いのか、技のタイミングか”といろいろ考えました。だけどどん底を経験して、スターダムが危機と呼ばれる状況もあって、そこで初めて“団体のために”と思えるようになりました。それまでは自分の夢、野心、そういうものしかなかった。“自分が暴れれば団体も上に行くんだ”くらいの感覚でしかなくて」
「ひめかが引退して、強くなれた私がいます」
夏以降、スターダムでは負傷欠場者が相次いだ。その要因の一つにはハードスケジュールがあったとも言われる。さらに大会運営に関しての不手際があり、その対応も後手に。ファンとの向き合い方などたまっていた不満が爆発、オーナーが会場で謝罪する事態になった。スターダムは12月から新社長のもとで再スタートしている。
そういう状況にあるスターダムのチャンピオンは、団体を支える、あるいは牽引する立場という意味合いがより濃くなる。そんな立場に自分がなれたらと思った。だから「プロレス界の顔になる」と自分の野望を最優先にする鈴季すずが気に入らない。今回のタイトルマッチは、舞華にとって単なるリベンジ戦ではないのだ。
「自分1人のためのベルトじゃない。ファンの気持ちもあるしスターダムを救いたい、団体を背負うという覚悟もある。守るべきものがあるから、ベルトを巻きたい。前はそういう気持ち、なかったですね」
リーグ戦決勝ではプレッシャーに押し潰された。しかし今は周囲のことが力になる。
「ひめかの引退もそうです。本当に大きい出来事で、あれがなかったら心が折れるなんてこともなかったかもしれない。でも心が折れてなかったら、以前の自分のままだった。ひめかが引退して、強くなれた私がいます」