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藤井聡太「天才に敗れた男たち」の痛恨…記者が新幹線の中で聞いた“渡辺明のうめき”「終盤力が違い過ぎる…」広がり始めた“恐れ”の正体 

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大川慎太郎

大川慎太郎Shintaro Okawa

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photograph byKeiji Ishikawa

posted2023/10/17 17:00

藤井聡太「天才に敗れた男たち」の痛恨…記者が新幹線の中で聞いた“渡辺明のうめき”「終盤力が違い過ぎる…」広がり始めた“恐れ”の正体<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

前人未到の八冠を達成した藤井聡太

「藤井さんには攻めと受けという概念がない」

 △3一銀。

 金取りを受けるために最下段に放ったこの銀打ちこそが藤井の真骨頂である。銀は横に動けないので守備には使いにくい。将棋を知るものからすると非常識な一手だが、藤井はこの手を最善と見た。

 △3一銀は「AI越え」と話題になった一手でもある。指した瞬間の評価値は低いが、AIは検索が深まるにつれてこの手を評価し始める。最終的には6億手を読んで最善と表示したというコンピュータ将棋開発者のツイートは瞬く間に拡散された。

 開幕戦は藤井の攻撃の鋭さにスポットが当たったが、第2局では守備の堅さが際立っていた。深浦はあることに気づいている。

「攻めの鋭さなら谷川浩司先生、受けの強靭さなら木村一基さんというように、普通は攻撃と守備のどちらかに軸足を置きます。でも藤井さんはそうではない。攻守の判別がつかないのが最大の特徴です。もしかしたら藤井さんには、攻めと受けという概念がないのかもしれません」

関係者の間に広がり始めた「期待と“恐れ”」

 3日後には王位戦七番勝負第1局でも弾けた。迎え撃つのは、一昨年に初タイトル獲得の最年長記録を46歳で更新した木村一基。不撓不屈の棋士である。修業時代から木村のことをよく知る野月浩貴に話を聞いた。呼び捨ては親しさの証だ。

「藤井さんと公式戦自体が初めてだったので、『まずは力を見てみよう』という感覚が木村にはあったはずです。藤井さんの力が出にくそうな形に誘導する方針もあったと思いますが、開幕戦では得意な作戦を正面から迎え撃ちましたね」

 しかし、藤井は「千駄ヶ谷の受け師」を相手に緩むことなく攻めきった。圧倒したといってもよい。

 深浦はこの対局を見て震撼したという。

「受けが強い木村さんにうっかり攻め込むと簡単に潰されてしまいます。だからタイミングをずらして攻めたり、逆に相手に攻めさせたりするのですが、藤井さんは一方的に攻め倒しましたからね」

 このまま突っ走るのでは――。

 関係者の間では、期待と恐れが入り混じった声も上がり始めていた。

 しかし、7月9日に行われた棋聖戦第3局で、藤井は渡辺の本気を見せつけられることになった。

 藤井の攻めを受けた後、渡辺は強襲を浴びせて藤井玉を追い詰める。最後に反撃を食らうも、際どくかわして逃げ切った。藤井はタイトル戦で初めて土をつけられた。

 渡辺は感想戦で、90手目までは想定の局面だったと明かした。わずかに自分に分があることも知っていたという。将棋の公式戦の平均手数は110手だが、終局が見え始める90手までを事前に研究していたとはとても信じ難い。将棋は指し手の分岐が多いので、局面がある程度進むと研究は打ち切らざるをえない。それ以上は変化が膨大すぎてプロでも無理なのだ。

 それを、渡辺はやった。いったいどれだけの時間を費やしたのだろう。だがそこまでしなければ勝てないという渡辺の決意であり、それは藤井への評価ともいえる。

【次ページ】 「これは(藤井が)厳しい」ゆがんでいった陣形

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