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藤井聡太に勝利後、「自分でも驚いている」発言で話題に…広瀬章人が明かす快進撃の要因「息子が保育園に行くようになって…」
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph byHirofumi Kamaya
posted2023/10/15 06:01
昨年の竜王戦、藤井聡太に2勝を挙げた広瀬章人。本人に好調の要因を聞くと…
「いやー、それが誰かはわからないですよ」と苦笑した。「30歳を過ぎて、将棋が弱くなったと実感します。でもがっかりせずに、正面から向き合うことが大事だと思っています」。
広瀬らしい答えだな、と妙な納得をしながら最後の質問をした。4強に勝つ自信はあるのか、と。
腕を組んで少し悩んでから広瀬はこう答えた。「うーん、その時の自分の状態によりますね」。
では、状態がよければ──。
相手が誰であろうと、どれほど好調だろうと、土をつける予感を持たせるのは広瀬だけだ。底知れないポテンシャルを秘めた男はそう答えると、口の端を緩めてニヤリと笑った。
『Number』1020(2021年2月18日)号
2022年、竜王戦で藤井と相対した広瀬
本文の最後に書いたことを広瀬は半分証明してくれた。
この取材から1年8カ月後の2022年9月、広瀬は竜王戦の挑戦権を獲得し、七番勝負で藤井聡太に挑んだ。祝福の連絡をすると、「最後のタイトル戦だと思うので頑張ります」という趣旨の返事があった。自虐的なのは相変わらずだ。私は主催紙の読売新聞の観戦記で第5局を担当することになった。そのことも広瀬に伝えると、「(第5局の開催は)微妙なところですね(笑)。まあ、頑張ります」という返事があった。自分がストレート負けするかもしれないと言っているのだ。ところが、である。
振り飛車党→居飛車党に転向した器用な棋士
広瀬は開幕戦で駒を躍動させた。先手番で2六歩型の角換わりという作戦を用意し、藤井に挑んだ。珍しく藤井の中盤の指し手は精度が低く、広瀬がリードを奪う。その後、竜王が猛追したが挑戦者が振り切って先勝した。終局直後、広瀬は「(勝ったことに)自分でも驚いている」とコメントして話題を集めた。こんなことを言えるのは広瀬だけである。
第2、3、4局は藤井が底力を見せて勝利。ただ第3局の先手番は終盤の入り口まで広瀬が優位に進めていただけに悔やまれる敗戦だった。それでも広瀬の序盤戦術は冴えていた。藤井の経験が少なそうな形を選び、AIで深く研究する。自分が知っていて相手が知らなそうな変化のストックをできる限り用意した。元々、広瀬は「振り穴王子」と呼ばれる振り飛車党だったが、2012年くらいから居飛車党に転向。将棋は終盤の腕力に頼っていて序盤は苦手だったが、それも克服した。これほど器用な棋士は珍しい。