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甲子園の風BACK NUMBER
「万波は終わった」と批判も…横浜高恩師が語る、万波中正が“伸び悩む怪物”だった頃「毎朝、電子レンジの前に立って…」
text by
佐藤春佳Haruka Sato
photograph byNanae Suzuki
posted2023/08/23 06:00
今年、打っては19本塁打、守っては強肩からレーザービームを放つなど躍動するプロ5年目の万波。高校時代には知られざる苦闘があった
この選手を将来絶対に野球界の宝にするんだ
基礎的なトレーニングに加えて、バッティング練習では万波のみならず全員にロングティーを徹底させ打撃強化に取り組んだ。折しもこの時、高校野球の流れは「守り勝つ野球」から「打ち勝つ野球」へと変革期を迎えていた。全国制覇へ立ちはだかっていた西の雄・大阪桐蔭の強力打線は、その象徴だった。
「甲子園に行く、大阪桐蔭を破って優勝する。それは横浜高校の絶対的な目標でした。ただ、だからと言って小さくまとまったり選手を酷使して壊したりすることはせず、選手を大きく伸ばして、スケールの大きい野球をする。それが頂点へつながるんだ、という山の登り方を選択した。万波中正と最初に出会ったときの衝撃、この選手を将来絶対に野球界の宝にするんだ、という思いは3年間絶対に揺るがなかったです」
卵の白身だけをカップに入れて…
万波も体の幹を太くしようと、積極的に体づくりに取り組んでいた。平田監督は、寮の朝ご飯の時に、万波が毎日、電子レンジの前に立っていた姿を記憶している。
「朝食には毎朝、卵と納豆がついているんですが、中正は卵の白身だけをカップに入れてレンジでチンして醤油をかけて飲んでいましたね。タンパク質を摂るんだって。栄養士の講座なんかも聞いていましたし、彼は本当に勉強熱心でしたから」
バッティングは大不振…
2年生になると万波はその強肩を生かして投手も兼任。「二刀流」とはいかないまでも、リリーフとして試合中にライトからマウンドへ向かい直球は145kmをマークすることもあった。