ボクシングPRESSBACK NUMBER

「フルトンの鼻血は“命取り”だった」“井上尚弥を最も苦しめた男”が見た、敗者の異変「井上くんに完敗でもフルトンは称賛されるべき」 

text by

林壮一

林壮一Soichi Hayashi Sr.

PROFILE

photograph byNaoki Fukuda

posted2023/07/26 20:30

「フルトンの鼻血は“命取り”だった」“井上尚弥を最も苦しめた男”が見た、敗者の異変「井上くんに完敗でもフルトンは称賛されるべき」<Number Web> photograph by Naoki Fukuda

スーパーバンタム級転向初戦で2団体王者フルトンを沈めた井上尚弥。8ラウンドTKO勝ち直前のシーン

 挑戦者らしいアグレッシブさで手を止めない井上は、フルトンのガードの上からパンチを浴びせ続けた。チャンピオンは3ラウンドに左の鼻から、4ラウンドには右の鼻からも出血した。

「井上尚弥を相手にする場合、一瞬でも気を緩めたら命取りになります。でも、鼻血が出ると、たとえ数秒であったとしても意識をそっちに持っていかれちゃうものなんです。出血でフルトンが劣勢になったのは間違いないですね。

 序盤からスピードの差は明白でした。常にペースを握っていたのは、井上くんでしたね。フルトンが鼻血を出した3、4ラウンドから、パワーの差も見て取れました」

“分厚かった”井上尚弥の体

 下のクラスから上がってきた選手とは思えないほど、井上の体は分厚かった。ボディーへのジャブ、もしくはストレートを間断なく放ち、フルトンを仕留めるタイミングを窺っていく。リングは、追う挑戦者、下がるチャンピオンといった展開になっていく。フルトンは、左の差し合いで負け、接近しても井上の強打が飛んでくるため、距離を取るしかない。まさしく、為す術の無い状況に追い込まれた。

 両者の試合が決まった折、田口はフルトンの直近の2試合――2021年11月27日のWBCチャンピオン、ブランドン・フィゲロアとの2冠統一戦(フルトンが2-0の判定勝ち)、2022年6月4日のダニエル・ローマンとの防衛戦(フルトンが判定勝ちで防衛に成功)――を目にしている。その際、「フルトンには怖さを感じません。両者には差がありますよ。相手の出方を窺う序盤は五分だとしても、井上くんが流れを手繰り寄せてKO勝ちすると思います。彼のボクシングは非常に理詰めであると同時に、爆発力も秘めています。流れを作りながら倒すタイミングを計り、ドンピシャで正確なパンチを当てるんです」と話していたが、その通りの内容になった。

 時折、フルトンも遮二無二前進してパンチを振るうが、井上は完璧にブロックし、足で捌いて被弾しない。KO率38パーセントのチャンピオンのパンチは、半減していくかのようだった。

「ファン目線で…フィニッシュもカッコよかった」

 そして迎えた第8ラウンド41秒、井上の右ストレートがフルトンの左顎を打ち抜き、チャンピオンは崩れ落ちる。獲物がキャンバスに沈む僅か数秒の間に、挑戦者は更に左フックを見舞う。

「井上くんの仕留め方は、滅茶苦茶速かったですね。彼は、0コンマ何秒の隙も見逃さないんです。相手に“間”を与えないんですね。効いたら直ぐに倒し切る。当て感が相変わらずだと脱帽しました」

 ダウン後、辛うじてフルトンは起き上がる。同ラウンドは、まだ2分以上残っていた。

【次ページ】 「敗者フルトンの評価は下がっていない」

BACK 1 2 3 4 NEXT
井上尚弥
スティーブン・フルトン
大橋秀行
マーロン・タパレス
田口良一

ボクシングの前後の記事

ページトップ