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「彼女いるの?」20代の羽生善治は聞かれ続けた… 28年前、世間が驚いた朝ドラヒロインとの婚約「結婚したら弱くなるのでは?」も七冠で吹き飛んだ
posted2023/06/09 17:30
text by
近藤正高Masataka Kondo
photograph by
KYODO
将棋の藤井聡太竜王(20歳)が6月1日、史上最年少で名人のタイトルを奪取し、七冠を達成した。これは27年前、1996年に羽生善治九段(52歳)が七冠独占して以来となる(※現在はタイトルが8つある)。
羽生善治は七冠挑戦中の1995年7月、“朝ドラヒロイン”の畠田理恵との婚約を発表し、世間をあっと驚かせた。そして、「結婚したら弱くなるのでは?」という声もあるなか、結婚式までに七冠を制覇する。【全3回の3回目/#1、#2へ】
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「彼女はいるの?」「結婚したら弱くなるのでは?」
いまでは若い棋士に恋愛について訊くのは、セクハラになりかねないという配慮もあってか、インタビューでも話題にされることは少ない。だが、20代だった羽生は取材のたび、彼女はいるのかという質問を容赦なくぶつけられた。五冠目となる名人を獲得した直後、とある週刊誌のインタビューでも、例によってガールフレンドはいるかと訊かれ、《いや、いません。結婚も考えたことはないし》と答えると、《まあ、私が将棋に負けてばかりということになったら、恋人ができたと考えてください(笑い)》とかわしてみせた(『週刊ポスト』1994年7月1日号)。
当時、評論家たちのあいだでは、羽生の強さは若いうちだけで、これが結婚し子供を儲けて将棋のみに集中できなくなれば、意外にもろいのではないか、ともささやかれていた。くだんの羽生の発言はそれを念頭に置いてのものだったのだろう。
そんな周囲の勘繰りをよそに、羽生は六冠を防衛しながら再び王将に挑戦しようとしていた1995年7月に婚約を発表、その7カ月後に七冠を達成した直後、3月に挙式している。しかも、その相手というのが、NHKの朝ドラでヒロイン(1990~91年放送の『京、ふたり』)を演じた経験も持つ女優の畠田理恵とあって、世間を驚かせた。
2人の出会いは?
七冠達成後に『文藝春秋』に羽生が寄せた手記では、彼女との馴れ初めから交際へと発展し、プロポーズするまでの経緯が(相手が芸能人ということもあるのだろうが)かなり事細かにつづられている。それによれば、2人の出会いは1993年9月、健康雑誌で畠田の持っていた対談ページに羽生がゲストとして登場したときだった。その対談では毎号、畠田が自分の会いたい人を選んでおり、このときは当初、彼女が動物好きなので作家の畑正憲を招く予定が、畑が入院してしまったため、編集者が「名前が似てるから羽生さんにしよう」と提案したという。もっとも、畠田はこのときまで羽生の苗字をハニュウと読んでいたというから、ちょっとこの話は疑わしい。