「ノックを受けたいからお願いします、という前に『イチローさんの身体は大丈夫ですか』と僕のことを心配するあたりは、良くも悪くも野球だけをやってきた子たちとは違うなと思いました。そういう気配りは素晴らしいけど、同時に子どもがそんな気配りをする必要はない。僕はみんなの想いに応えたいに決まっているし、最初の子が受けている姿を見て、自分たちも受けたいと思ったのなら、『僕にも打って下さい、お願いします』でいいんです」

富士高校では計449本ものノックを打ち続けた　©Naoya Sanuki

――イチローさんは昨年の2校に対して、なぜノックを打とうと考えたんですか。

「最初、練習の緩い空気や元気のない高校生の姿を見て、いったい、どうすればいいんだと戸惑いました。でも彼らには選手として野球がうまくなることと同時に、人として生きていく上で支えになる何かを持ってほしかった。限られた時間の中でそれが生まれるとしたら、これ（ノック）しかないんじゃないかと考えました。内に眠っていたものが目に見えて表に出てくることを期待したんです。それは本来、野球を好きでやっている子なら持っているはずのものです。だけど、出し方がわからない。自分から率先して声を出せない雰囲気は一気に変わったし、一体感も生まれた。あのノックを受けて、みんな、知らない自分に出会った気持ちになったのではないでしょうか」

厳しさは必要です。愛のある厳しさが…

――まさに、みんなが手紙に書いてくれていた、生きるための支え、そのものですね。

「彼らはプロ野球選手としての活躍を目標としている訳ではないけれど、向き合っている日々は易しいものではありません。勉強ひとつとっても、ギリギリの局面で戦っている。そしてこの先大人になれば、もっともっと厳しい状況に直面するでしょう。耐性があるかないかでその後の人生に大きな差がでます。それを養うためには多少の厳しさは必要です。厳しいだけではない、子どもたちの未来を見据えた愛のある厳しさが……」

――ただ、愛情というのは与える側がそう思っていても、受け取る側が愛だと感じなければ成立しないところが難しいのでは？

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