「いや、残念でした。『唯一』の冠がなくなってしまったので。僕の性格はそういうところがあるんですよ。『自分がよければ、それでいい』と思ってしまって」

公立→私学全盛、部員減の現状も…

　現在勤める桐生高は、松本にとっては「練習試合を含めて1回も勝てなかった大きな壁」だった。1978年は主砲の阿久沢毅、エース左腕の木暮洋を擁して甲子園春夏連続出場。センバツではベスト4に進出した。

　桐生高への赴任が決まった際、親交の深かった木暮から松本あてにメールが届いたという。「監督をやってくれるんだろうな？」という木暮に対し、松本は「荷が重すぎるよ」と返信した。すると、木暮はこう返してきたという。

「結果は問わないから、松本のやりたいようにやれよ」

　名将・稲川東一郎が率いる桐高全盛時とは、時代が異なる。群馬県の高校野球といえば公立高校全盛の時代もあったが、今は健大高崎、前橋育英、桐生第一といった私学が甲子園常連になっている。さらに桐生高も進学面に力を入れるようになり、2021年度からは桐生女子と統合して男女共学になった。

　2023年3月時点での部員数は新3年が11人、新2年は5人の計16人。新3年が引退する夏以降は、単独チームでの公式戦出場すら危ぶまれる状況だ。

　それでも、チーム内には面白い好素材もいる。新2年の右投手・田村唯真(いしん)はしなやかな腕の振りから、指にかかった好球質のストレートを投げ込む。松本も「体ができてくれば楽しみです」と期待を込める。

松本監督が「体ができてくれば楽しみ」と語る田村唯真　©Takahiro Kikuchi

野球って深いじゃないですか

　だが、是が非でも古豪復活を果たそうという、執着や情念が松本から漂ってくることはない。「あんまり細かいところまで言うと、窮屈になりますから」と選手自身に考えさせるスタンスは変わらない。目立った改革といえば、丸刈りの強制を撤廃したことくらいだろう。

　それでも、松本は生徒と向き合い、一歩でも前に進むための手助けを惜しまない。松本が追求してきた合理性と、日本古来の精神性の融合。そんな高校野球を目指している。松本は達観したように、穏やかな表情でこう語った。

「野球って深いじゃないですか。いくらやっても課題や問題が出てくるじゃないですか。この年で野球に携われて、監督をやれて幸せなんでしょうね。だから少しでも成長して、最後は笑顔で棺桶に入りたいんですよ」

　軽やかに、真っすぐに。松本稔は45年前から変わらず、周囲の喧騒に惑わされることなく自分の道を歩んでいく。

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