「申し訳ないことをした」発言の真意

　高校野球で史上初の大記録を達成したと言っても、松本の身長は168センチと小柄で、球速は130キロ台半ばがやっと。松本は「上には上がいる」と現実を見据えていた。また、体育会系の根性論や封建社会にも辟易としていた。

「僕は生来ズボラで、できれば苦しいことから逃げたい人間なんです。だから最小の努力で、最大の効果が得たい。多くの野球部はうまくいかないと、精神面の問題に帰属させますけど、それは違うと思っていました。幸い前高はそれほど封建的じゃなかったので、僕の肌には合っていたと思います」

　完全試合を成し遂げた試合後、松本は「相手に申し訳ないことをしてしまいました」とコメントしている。その言葉の裏には、狂熱を俯瞰して見ていた松本ならではの罪悪感があった。

「野球をとことん追求することも、とことん練習することもしていない。そんな俺たちが歴史に名を残していいのかな？　一生懸命にやっていた比叡山がつらい思いをするんだろうな……と思うと申し訳なくて」

1978年大会の1回戦、比叡山高戦でセンバツ史上初の完全試合（1-0）を成し遂げた松本稔（右）と、祝福する田中不二夫監督　©JIJI PRESS

　脇目も振らずに野球に打ち込んできたわけではない。世間の求める「高校球児像」からかけ離れている。そんな自分が完全試合を成し遂げてしまった。松本の「申し訳ない」という発言には、そんな思いが滲んでいた。

なぜ完全試合ができたのか？

　ただし、運や偶然だけで完全試合が達成できたかといえば、それは違う。松本には技術的な裏づけがあった。

　大会直前、調子が上がらなかった松本は、試しに右腕を振る位置をほんの数センチ下げてみた。すると、今までになくリリースがはまる感覚があった。後年になって「ゼロポジション」という言葉が流行するようになり、松本は「あの時の自分はゼロポジションをつかんだんだ」と悟った。

「人生を変えた3センチと言ってもいいですよね。まあ、サッカーの『三笘の1ミリ』ほどじゃないけど」

　松本はそう冗談めかして笑った。

筑波大→高校野球の監督に

　前橋高を卒業後、松本は筑波大に進学する。大学ではおもに外野手として活躍した。学業面では教員免許を取得するため、さまざまな知識を得た。松本は「裏づけがほしかったんです」と振り返る。

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