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宇野昌磨のガッツポーズは「こみ上げるものが…」不調だった“世界王者”はなぜ大舞台で輝いた? コーチの証言「彼はパニックにならない」
posted2023/03/28 17:01
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph by
Asami Enomoto
なんという熾烈な戦いだったのだろう。3月25日、さいたまスーパーアリーナで開催されていた世界選手権の男子フリー。声を出しての応援が許されるようになったこともあり、特に最終グループはスタンディングオベーションと歓声、拍手の嵐に包まれる白熱戦となった。
第三グループ最後だった友野一希、最終グループ第一滑走だったアメリカのジェイソン・ブラウン、フランスのケヴィン・エイモスと、次々と今シーズンの自己ベストスコアを更新する名演技が続いていた。
特にSP3位だった韓国のチャ・ジュンファンはほぼ完ぺきな「007」のプログラムで観客とジャッジを魅了し、フリー196.39、総合296.03を叩き出した。SP2位だったアメリカのイリア・マリニンは4アクセルを成功させるも、いくつか他の4回転ジャンプが乱れてジュンファンに次いで暫定2位。
そんな中で最終滑走の宇野が登場した。世界タイトルを守って2連覇するためには、300点超えは必須でミスをする余裕はない。絶壁に立たされたような状況での演技だった。
原因不明のジャンプの不調
宇野は、この大会の事前会見でジャンプが原因不明の絶不調に陥っていることを告白していた。世界王者としてのプレッシャーはどうかと聞かれ、「感じられるほどの調子が出れば良かったんですけど、そんなことも言っていられない状態」と、それでも普段の彼らしく淡々と語った。
「みなさんが期待してくださっていることに応えたいという気持ちはある。こんな今の自分の状態で結果を望むことはどうなのかと思いますけど、みなさんが期待してくださる結果を出すことが僕の目標です」。そう言って、臨んだこの大会だった。
不調を抱えていた中で、更なるアクシデントにも見舞われていた。SP前日の公式練習中に、4サルコウの着氷で転倒。プレス席からはフェンスにすっぽりと隠れて見えなくなった宇野だったが、なかなか立ち上がる気配がなかった。トレーナーの出水慎一氏が近くのボードまで駆け寄り、カナダのキーガン・メッシングが宇野の手を取って助け起こした。
その後はゆっくりとリンクの中を滑走して練習を終えた宇野。リンク際でチームドクターとやりとりしている様子が見えたが、日本スケート連盟の竹内洋輔強化部長は以前に捻った右足首を再び痛めたものの本人は大丈夫と言っている、と発表した。その言葉通り、宇野は不調続きだった練習までとは別人のように、翌日のSPで完璧な演技で滑り切った。