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羽生善治が持つ「ドロドロとした勝負師の目」とは…当事者たちが語る“羽生マジック”の正体「やられたほうはたまったもんじゃない」
text by
北條聡Satoshi Hojo
photograph byTadashi Shirasawa
posted2023/01/26 17:01
中終盤の妙手によって、鮮やかな逆転劇の数々を生み出してきた羽生善治九段。その当事者となった3人の証言から、“羽生マジック”の正体に迫った
感想戦でポツリ「桂じゃなく、歩だったですね」
一方、羽生は自玉の詰み筋を見抜いていた。感想戦で中村に「桂じゃなく、歩だったですね」とポツリ。中村は終盤力の差を認めざるを得なかったという。
難しい将棋だった。中村はAIソフトを使い、この一局を洗い直している。解析には骨が折れた。一手一手、時間をかけないと、正確な形勢判断をしてくれない。それくらい変化の深い一局だった。それでも、羽生先生は――と、中村は言う。
「そもそも将棋とは複雑なもので奥が深いと考えておられる。柔軟な指し手、意外な一手を拾ってくる力も、そうした考え方から生まれているんじゃないかと」
勝負事には常に魔物が潜む。人間ならではの心の揺れ。ある時は負けを恐れて踏み込めず、ある時は勝ちを意識しすぎて攻め急ぐ。ならば、羽生はどうか。
「運命は勇者に微笑む。それが羽生先生の座右の銘。人間、先が見通せない局面ではためらうものですが、羽生先生は『だからこそ行く』と。数多くの大勝負、修羅場をくぐってきた経験もまた、心の揺れを封じ込める一因なんじゃないかと」
中村の肝を試すかのごとく、羽生が迫った運命の二択。人々の前に立ちはだかっては謎をかけ、解けない者を食い殺すギリシャ神話のスフィンクスのように。
「劣勢に回れば、自分の力だけではどうにもならない。相手に委ねることになる。そこでどうするか。不利な時こそ、その人の性根が表れるんじゃないかと。僕にとっての羽生マジックとは、羽生先生の価値観が最もよく表れる一手、指し回し。そう思っています」
<後編へ続く>