熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
天才メッシを「陰気な小男」扱い…宿敵ブラジルの“嫌悪と畏敬”「ネイマールは足元にも及ばない」「最大の欠点はアルゼンチン人なこと」
posted2022/12/18 11:03
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph by
Kiichi Matsumoto/JMPA
ワールドカップ(W杯)を世界最多の5度制覇し、フットボール史上最高の名手ペレを生んだことを誇るブラジル人たちが、隣国の宿敵アルゼンチンの小さな背番号10の前にひれ伏した。
「とてつもないものを見た」「完全無欠のリサイタル」
W杯準決勝クロアチア戦の3点目を生んだ驚異のドリブルは、フットボール王国の人々に衝撃と畏敬の念をもたらした。
「今日の彼のプレーを見て、1970年メキシコ大会のブラジル代表を思い出した。ペレとその仲間たちが演じたフッチボール・アルチ(芸術フットボール)を再現していた」(76歳のジャーナリスト、ジョゼ・トラジャーノ)
「今日、私はとてつもないものを見た。アルゼンチンの3点目を生んだあのドリブルは、マネ・ガリンシャ(ペレとほぼ同時代にプレーした伝説の右ウイング)を髣髴とさせた。かくも素晴らしいプレーを目撃できたことを、神様に感謝している」(72歳のジャーナリスト、ジュッカ・キフーリ)
「完全無欠のリサイタル。ネイマールは、彼の足元にも及ばない」(スポーツ番組司会者、アンドレ・リゼッキ)
「ダンスパーティーの主役」(日刊紙『フォーリャ・デ・サンパウロ』)
「天才メッシとアルバレスがクロアチアを叩き潰し、アルゼンチンを決勝へ導く」(日刊紙『オ・エスタード・デ・サンパウロ』)
2004年にリオネル・メッシが17歳でバルセロナからデビューしたとき、ブラジルのメディアと国民はこの「プルガ」(ノミ)と呼ばれる小柄で華奢な若者のことなど歯牙にもかけていなかった。当時は、ロナウジーニョの全盛期。この偉大なマジシャンを崇拝する若手の1人としかみなしていなかった。
「ひょっとしたら、まずまずの才能の持ち主なのかも……」と人々が思い始めたのは、2005-06シーズン以降だ。
左足に吸い付くようなドリブル、まるでピッチ全体を上空から俯瞰しているような見事な状況判断と完璧な技術による精巧なパス、あたかも手でボールを送り届けているような多彩にして正確なシュート……。右足と頭(ヘディング)はほぼ使わないが、左足一本で何でもやってのける。
「悪くない選手だな。最大の欠点は…」
2005年以降、アルゼンチン代表に招集されてブラジル代表と対戦するようになると、隣国とその代表が大嫌いなブラジル人たちも次第に彼の天分を認めざるをえなくなった。