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井上尚弥がバトラーを沈めた“あの11ラウンド”に何があったのか?「判定だと思ったら…」大橋会長の想像を超えた“もうひとつ上のギア”
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2022/12/14 17:29
11回KO勝ちでバンタム級史上初、そしてアジア人初の4団体統一を成し遂げた井上尚弥。守りに徹するポール・バトラーを剛腕でねじ伏せた
「倒されなければいい」という狙いは打ち砕かれた
記者会見でマイクを握ったバトラー陣営のジョー・ギャラガー・トレーナーは「試合前に1ラウンドで終わると言っていた人もいたが、結果的に11ラウンドまで戦えた」と胸を張るように発言した。バトラーに勝つつもりがなかったとは言わない。ただ、最悪の事態を考えれば、終盤まで戦えただけでもかなり満足できたのだろう。ましてや判定までいけば、「あの井上に倒されなかった」という事実を残すことができる。バトラーは、井上が2度拳を交えたドネアより格下のボクサーなのだ。
ただ倒されなければいい。この待ちに待った大舞台でそんな相手の思い通りにさせるわけにはいかない。11ラウンド、井上は絶対に倒してやろうとギアを入れた。ワンツー、左ボディでグイグイと攻めると、バトラーはバックステップを踏むばかり。ロープに追い詰めたところでボディブローから連打を繰り出すと、動き続けていたバトラーがついに止まった。さらに畳みかけるとバトラーがうずくまるようにダウン。10カウントでは立ち上がれず、ミッションを完遂した井上はジャンプして喜びを爆発させた。
比類なき王者は「最高の景色」のさらに上へ
“比類なきチャンピオン”と言われる4団体統一王者は史上9人目。先人の8人は2004年のミドル級、バーナード・ホプキンス(米)を筆頭にいずれもスーパースターばかりだ。その中にあり、4団体すべての王者からベルトを奪い、しかもすべてKOで勝利したのは井上だけ。偉業の中でも価値の高い偉業になったと言えるだろう。
2023年、井上は満を持してスーパーバンタム級に進出する。試合が終わり、4団体統一という快挙を成し遂げた直後だというのに、比類なき王者はこう続けた。
「今日はリング上で最高の景色を見ることができた。でも、ここがゴールではない。通過点と考えているので、満足はしてますけど、次に向けて切り替えていきたいなという思いもあります」
21歳になる目前に初めて世界チャンピオンとなった井上は8年8カ月の歳月をへて、3階級制覇と4団体統一を達成した。来年4月には30歳となる円熟の井上が最高の景色のさらに上を目指し、新たなスタートを切ろうとしている。
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