「本当に勝つ気があるのか」挑発に込めた思い

　圧倒的不利を予想されたバトラーは「守りを固めるのではなく、積極的に攻めようと思っていた。臆病だと思われたくなかった」と明かしたが、実際にモンスターと対峙すると、ほとんど攻撃に時間を割くことはできなかった。ちょっとでも手を出すと井上の目にも留まらないリターンが返ってくる。モンスターのジャブはどこまでも鋭く、左右のフック、左ボディブローはあまりに獰猛だった。リスクを冒すことはできず、専守防衛にならざるを得なかったのだ。

　チャンピオンとしてバトラーの評価は決して高くはないとはいえ、世界のベルトを巻くトップ選手が守りを固めてしまえば、さすがの井上でもそれを崩していくハードルは高い。井上真吾トレーナーはこう振り返った。

「テクニックのあるバトラーに対して試行錯誤しながら戦っていて、ナオも煮詰まるところがあった」

ガードを固めて手を出さないバトラーに対して、腕を後ろに組んで挑発する　©Hiroaki Yamaguchi

　立ち上がりは手をあまり出さずにバトラーに圧力をかけた。シャープなジャブを内から突き刺し、パワフルな右フックを外からねじ込もうとした。顔面とボディへの打ち分けもいつも通り。井上のハードパンチを浴びるバトラーはガードを固めて脚を動かし続けるだけだ。

　4回、小刻みに跳ねるステップに変えた。5回は重心を落として体重の乗ったジャブを攻撃の軸に据えた。6回、スイッチしてガードを下げ、脚のフェイントを多用した。7回はノーガードにして、ロープを背負ってバトラーに攻めさせようとした。8回、両グローブを背中に回して「攻めてこい」と相手を挑発した。バトラーはそのどれにも乗ってこなかった。

「（挑発は）誘い出すという意味合いもあるんですけど、倒されなければいいのか、何しに日本に来てるんだと、本当に勝つ気があるのか、という思いも含まれてます。そういうボクシングをしてくるのは重々承知していたけど、あまりにも手を出さないのはどうなのかなという思いはありました」

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