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競馬PRESSBACK NUMBER
「ユキノビジン大ファンの母に厩務員の父が一目惚れして…」優希乃さんが語る“ユキノ”一家ヒストリー「妹の名前は“美人”にしようと…」
text by
軍土門隼夫Hayao Gundomon
photograph byKeiji Ishikawa(L)/Wataru Sato(R)
posted2022/12/17 17:02
ユキノビジン(左)が結んだ縁によって生まれた優希乃さん(右)。本人にファミリーヒストリーを聞くと…
美枝さんは、すぐにそんなユキノビジンの大ファンになった。競馬場へ行ってはパドックで写真を撮り、レースで大きな声援を送った。出走当日のレーシングプログラムなど、少しでも関連するグッズは大事に保管した。新聞や雑誌の記事も、すべて丁寧に切り抜いてスクラップした。こんなに好きになった馬は初めてだった。
美枝さんはユキノビジンと対面し、号泣
美枝さんの手元には、今も当時のスクラップブックが何冊もある。京都のエリザベス女王杯に出走するユキノビジンを応援しに行くための、新幹線のチケットまで綺麗な状態で取ってある。それは馬の記録であると同時に、人生のある時期を1頭の競走馬に夢中になって過ごした、美枝さんの記録でもある。
ユキノビジンがあまりに好きすぎて、どうしても会いたくなった美枝さんは、思い切って美浦の久保田敏夫厩舎に連絡をしてみた。すると、なんと久保田調教師は快く見学を受け入れてくれた。姉と2人で車に乗って美浦トレーニング・センターまで行き、厩舎を訪ね、馬房から出てきたユキノビジンを目にした瞬間、美枝さんは感動で号泣した。
馬を引いていた清原利雄さんが一目惚れ
そして、それを見て一目惚れしたのが、馬を引いていた厩務員で、のちに美枝さんの夫となる清原利雄さんだった。1993年6月半ば、ユキノビジンが桜花賞に続いてオークスでもベガの2着に惜敗して、少し経った頃のことだった。
ユキノビジンの近況について電話をしあうところから始まり、自然と仲を深めていった2人は、1994年秋、ユキノビジン引退のタイミングで一緒になる意思を固め、翌春に結婚した。結婚記念日はユキノビジンの誕生日である3月10日。そこから1年半ほどで生まれた女の子には「優希乃」と名付けた。