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《怪物・清原に打たれた男たち》PL学園に挑んだ山口・宇部商、2人の同級生投手の明暗「投げられないなら、出ません」「決勝で先発するなんて全く…」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byMasanori Tagami/Tomohiro Furutani
posted2022/08/21 17:26
宇部商のライバル投手だった田上昌徳(左)と古谷友宏
こうして、決勝戦の開始前、宇部商のエースは左翼の芝生の上で、相手校の応援歌を口ずさむことになった。プレーボールがかかっても、心は斜めを向いたままだった。
“甲子園の神様”はそんな田上を試したのだろうか。いきなり先頭打者の打球が飛んできた。誰もが左中間を抜けると思った痛烈な打球を、外野などやったことのなかった男が必死の背走でキャッチしていた。
「あの時、なんでキャッチしたのか、いまだにわからない。勝たなくていいと思っても、やっぱり、心のどこかで負けたくない。自分が本当にどう思っているのか、わからないまま、試合をしていました」
誰もが、1つのものにすべてをかける戦いの中、1人だけそこに向かえない。熱狂する甲子園で、田上は孤立した。
14番目の男の告白「決勝で先発するなんて…」
古谷友宏は決勝戦のマウンドに立っていることが、信じられなかったという。宇部商の控え投手が先発を告げられたのは、前日の夜だった。
準々決勝、準決勝と、早々にKOされた田上をリリーフし、好投した。古谷の力がなければ、決勝にはたどり着けなかっただろう。それでも、自分が立っている場所はあまりにも現実感がなかった。
「控え投手だった僕が甲子園で投げさせてもらえただけで幸せなのに、決勝で先発するなんて、まったく思っていなかったですから」
宇部商に入学した当時、同じ学年に14人の投手がいた。投手陣のランニング、古谷は常に先頭を走った。田上は最後尾でへたり込んでいた。だが、試合になると順番が逆転した。先発マウンドに立つのは、いつも田上だった。そのセンスと勝負度胸で世代の先頭を走っていたのが田上であり、古谷は“14番目の男”だった。
「田上の投げる技術は天下一品でした。僕はそういうものがないから、練習でアピールしないと使ってもらえないんですよ」
家が近所だった2人は練習が終わると一緒に電車で帰っていた。古谷が他の投手と違ったのは、それから再びジャージに着替え、走っていたことだ。3年生になると、14人いた投手は2人だけになった。それでも、ついに田上との序列は変わらなかった。