濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
あの天心戦後、武尊から届いたLINE「3人でご飯行きましょう」卜部兄弟だけが知る“武尊の素顔”「K-1に無断で動いたこともあったはずです」
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byTHE MATCH 2022/Susumu Nagao、Yuki Suenga
posted2022/07/05 11:02
セコンドとして帯同した『THE MATCH』メインイベントや、武尊の素顔などについて卜部功也に聞いた
「その時期と、それから試合に向けての交渉をしている間も大変そうでしたね。いろんなことを受け止めて、受け入れて、飲み込んで。
僕も武尊と天心くんの試合については、いろんなことを思うんですよ。“たられば”が頭に浮かびもします。でもそれを言ったら、2人の勝負の価値を下げてしまうのかなと。SNSでもみんな言いたいことを言うじゃないですか。だから僕も何か書こうかなと思ったんですけど、やめました(笑)。自分の気持ちは自分の中だけにしまっておこうって」
「普段は抜くのがうまいタイプ。でも今回は…」
いい試合だった、武尊らしい試合だった。そういう声もあるが、それにも頷くことができないと卜部。
「僕はセコンドですからね。武尊を勝たせるのが仕事なので。そんな立場の人間が“負けたけどいい試合だった”とは言えないんです。勝たせてあげたかったなぁ……本当にそれだけですね、僕としては。
だから今でも思うのは“武尊のためにもっとできることがあったんじゃないか”ということですね。練習で“ストップ”と言えたんじゃないかとか」
武尊は昨年、自分用のジムを作った。卜部兄弟たちとチームドラゴンから独立して作った所属ジムKREST、功也が設立したジムALONZAでの練習だけでなく、たとえばメディア出演の前後など自由な時間に使える場所としての個人練習場だ。練習は武尊を中心とした独自のチームが主体となる。
「そうなると“今日はこれくらいで休んだほうがいい”と言える人間が周りにいなかったのかなと。僕や(渡辺)雅和さんなら言えますけど、今は付きっきりではないですから。
武尊も普段は抜く(休む)のがうまいタイプなんですよ。でもさすがに今回は入れ込んでたかもしれない。僕が練習をストップさせなきゃいけないタイミングもあったのかなぁ……今思えば、なんですけどね」
「K-1に無断で動いたこともあったはずです」
試合後の控室、武尊は何か言うたびに涙をこぼした。まともに話せる状態ではなかった。卜部にとっても、これは特別な負けだった。それでも試合を終えて思うのは、この対戦にこぎつけた武尊の凄さだ。
「自分からいろんな関係者に話をしにいってましたから。言っちゃいけないのかもしれないけど、K-1に無断で動いたこともあったはずです。相当な“力技”で、武尊は状況を動かしたんですよ。対戦実現に向けたテーブルに、みんながつかざるを得ないようにした。それは武尊が動かしたんです」
もう対戦をあきらめるしかないのではないか。そういう時期もあった。それでも武尊は動いたし、試合に勝ち続けてファンの期待感を高めた。
「自分から動いて、交渉して、練習して、プレッシャーのある中で試合にも勝ってきて。たぶんどっちかが負けたり変な試合してたら対戦はなかったと思うんですよ。でもそうはならなかった。そこが凄いと思います。
特に武尊は、前に出て倒しにいくスタイルだから隙もできてしまう。メチャクチャなことやってるんです。よく言うんですけど、頭のネジが外れてるって。普通なら防衛本能が働いて“ここでいっちゃダメだ”ってなるところでいけちゃう。普通の感覚じゃないです。
確実に勝ちにいくというのではない、凄くリスキーな闘い方なんですよ。なのに、天心くんとの試合まで40勝1敗ですか。ちょっと異常ですね。神がかりです。どこで負けてもおかしくないのに勝ってきた。マイク・タイソンだってできなかったことです。たぶんああいう倒すスタイルでこのレコードっていうのは、世界的にも二度と出てこないんじゃないかと思いますね」