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顔はしわくちゃ、皮膚はカリカリ…ボクサーはなぜ“過酷すぎる減量”に挑み続けるのか? 世界王者が語る水抜きのコツとダチョウの美味さ
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byMasayuki Sugizono
posted2022/06/17 17:00
「ボクサーの減量」をテーマに取材に応じたWBO世界ミニマム級王者・谷口将隆(28)。リミットに達した時の姿と見比べると、その過酷さがよくわかる(減量中の写真は記事内でご覧いただけます)
減量はリミット体重をクリアして終わりではない。昼過ぎに計量を終えて、何も考えずに水をがぶがぶ飲み、好きな物を食べてしまうと、たちまち体に異変をきたす。試合でベストパフォーマンスを発揮するためには、むしろリカバー(回復)が重要になってくる。
「僕はリカバーではなく、最後の総仕上げだと思っています。1時間ごとに1リットルずつ、3時間から4時間かけて、計3リットルを補給します。減量後の体はかさかさのスポンジ状態なので、急に水を入れても吸収しません。ゆっくりと浸透させていきます」
喉のかわきがなくなり、舌が回るようになってくると、ようやく夕食を食べる。初防衛戦時は200g入りの白米を5パック(1kg)と数種類のスープを用意し、午後5時、午後7時、午後10時と3回に分けて食事を取った。胃袋をじっくり満たすと、24時には就寝。8時間ぐっすり眠り、試合当日の朝を迎えた。
「目が覚めると、シャキンとしてパワーがみなぎっているんです。僕の場合、いつも4kg戻します。体重は約52kg。これが一番、僕の動ける状態です。ここまでやってはじめて、減量がすべて終了。心身ともに最強の状態で戦える形になっています」
ベストな仕上がりで、安定して試合に臨めるようになったのは、2019年9月のプロ15戦目以降。減量ではトライ・アンド・エラーを繰り返してきたという。
「ボクサーはそれぞれ、試行錯誤しているはずです」
一番強い自分をつくるための減量
なぜ、多くのボクサーは苦しい減量を乗り越えて、リングに上がるのか——。
体格差、リーチ差のアドバンテージを得ることも一つかもしれないが、谷口は「それだけではない」とはっきりと言う。
「減量するのは一番強い自分をつくるためです。極限まで余分なものを削ぎ落とすことで、神経は研ぎ澄まされていきます。感覚が鋭くなるんですよ。大事なのは脳と体をリンクさせること。計量後の調整に失敗すると、頭は冴えても、体が思いどおりに動いてくれません。お腹が空いたままでは戦えないですし、満腹で体が重くなってもダメ。脳と体の歯車がバチンと噛み合ったとき、最も強い自分を出せます」
谷口がこだわる”1kgの重み”にこそ、世界チャンピオンになる強さの秘密が隠されている。