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216打席連続無三振…天才イチローを止めるのは誰だ? 雑草魂の左腕に訪れた千載一遇のチャンス「あのクソ生意気な打者に…」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byNaoya Sanuki
posted2022/06/25 06:01
1997年シーズン、216打席連続無三振という異次元の記録を打ち立てたオリックスのイチロー。各球団のエースたちが三振を狙った
「西武球場でインコース低めのスライダーをすくわれて、ホームランを打たれたことを憶えています。そこに投げれば大丈夫という球でしたから、まさかその球を、という感覚でしたね……」
確信を持って投じたスライダーが弾き返され、右翼スタンドに消えるまで。今でもその弾道は鮮明に残っているという。
もはや誰もイチローを止められないのか。驚嘆と諦めの渦を巻き起こしながら、6月22日、西武戦で当時の日本記録208打席連続無三振に並び、24日の日本ハム戦で新記録を打ち立てた。1人の打者の三振を狙って、カメラの放列が一斉に向く。異様な雰囲気の中で6月25日を迎えたのだった。
捕手・山下が信じた下柳の投げっぷり
試合は日本ハムの先発、2番手投手が打たれ、2点リードを許した2回途中、早くもピッチャー下柳がコールされた。そして4回2死二塁、イチローが打席に立った。
マスクをかぶっていた山下和彦はこの時、冷静に状況を整理していた。
「正直投げる球はないんですよ。シングルヒットでも走られるし、ホームランもある。唯一、ランナー二塁なら前が詰まっているから走られない。そういう場面は歩かせてもいいという感じでした」
プロ13年目、近鉄時代に優勝を経験しているベテラン捕手の思考はどこまでも現実的だった。ただ、そんな山下がいつもより少しだけ、冒険的になったのはマウンドにいたのが下柳だったからだ。
このシーズン、下柳の役割は負けている場面でのロングリリーフだった。敗戦処理の部類に入るが、連投も厭わず嬉々としてマウンドに上がり、こう豪語していた。
「1イニングでよければ、全試合投げられますよ」
リリーフではただ1人、規定投球回に達し、すでに6勝していた。山下からすれば6歳下だが、その野球に対する貪欲さが好きだった。何より、シーズン前のキャンプで受けたシュートに衝撃を受けていた。
「左打者に対して内角のストライクで勝負できる。そういう投手は下柳しかいませんでした。シュートが一番いいボールだった。イチローの打席でも、それをうまく生かせれば……とは考えました。下柳は普段は大人しいんですけど、マウンドでは純粋にバッターに向かっていける」
山下はキャンプ中、ストッパーとして地位を築いた年長格・金石昭人の部屋でよく酒を飲んだ。そこに下柳もきていた。普段は無口だが、こと野球になると止まらない。年齢を超えた野球談義は2本、3本と空の酒瓶がテーブルの上に増えていっても終わらなかった。無骨さの中にある野球への覚悟のようなものが強く印象に残っていた。それを象徴していたのが左打者の内角への投げっぷりだった。