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「危ないから帰ってきて。これは戦争なのよ」ロシア名門ボリショイバレエ学校に留学中の18歳に突きつけられた現実「すぐには理解できなかった」
text by
イワモトアキトAkito Iwamoto
photograph byAkito Iwamoto
posted2022/05/20 11:00
名門ボリショイバレエ学校に留学していた梶川陽菜さん(18歳)。刻々と変わる情勢を受けて、3月にロシアから帰国を決意した
昨年12月、留学1年生としてボリショイへ。毎日10時間のレッスンは研修生の比じゃなかった。
鬼コーチのアントニチェバに「それじゃ全然ダメ! もっと足を開いて! こうよ!」と手取り足取り何度も怒られた。
それでも、毎日が楽しかった。世界中から集まったハイレベルなバレリーナたちとの暮らしは刺激的だった。寮のおじさんがつくる真っ赤なボルシチが大好きだった。週に一度の休みには友達と市場へ行き、見たことのないような食材や景色を見るのが楽しかった。
コロナ禍により帰国できず、年末はロシアで年越し、街を彩るクリスマスのイルミネーションは見たことがない美しさだった。大みそかは寮母さんや友達とともにカウントダウン、ともに夢を追いかける仲間と温かいロシアの人々に囲まれて過ごす幸せな時間だった。しかし……。
本当は今もロシアで踊っているはずだった——思い出すと胸が痛い。
「花火の音」が急に怖くなった
レッスンを終えて一息つく娘への電話は、モスクワとの6時間の時差からいつも深夜3時頃。全日空、日本航空がロシア便の運航を取りやめた。このままでは帰国できなくなる。在ロシア大使館からも"帰国の是非を検討"とメールが届いた。久実子さんはロシアとの就航便を残していた大韓航空に望みをかけ、キャンセル待ちに期待を込めて画面を更新し続けた。
「あった! この飛行機で明日帰ってきなさい」
帰国を約束し、電話を切った。状況は刻一刻と変わっていく。ただ窓の外の景色は何も変わってはいなかった。
バンッ、バーンッ。帰国前夜、街中に打ち上げられた花火の音にこれまで感じなかった恐怖を憶えた。
「えっ、爆弾かな、ミサイルかなって。ロシアでは週末とかに花火が上がることはそんなに珍しいことじゃなかったけど、戦争のことを考えると急にその音がこわくなった」