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落合博満“夫人”が明かした「睡眠導入剤っていうのかしら…落合も私も毎晩飲んでいるの」12年前、番記者が見た“落合中日が終わる予兆”
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2022/04/12 06:01
04年から11年まで中日の監督を務めた落合博満。すべての年でAクラス入り、セ・リーグ優勝4回、日本シリーズ優勝1回を果たした
「最近はね、私も落合も眠れないよ」
夫人はさらに眉尻を下げた。今度は幾分、困ったような顔に見えた。
私はナゴヤドームでゲームがある日は、時折この部屋を訪ねていた。感情を隠さない夫人を見ていると、その時々の落合の内面がわかる気がしたからだ。
とりわけこのシーズンの落合は、何かがこれまでとは違っているように感じられた。例えばまだ本格的な夏が来る前、ゲームがないある日のベンチで、落合と数人の番記者とで雑談になったことがあった。落合はふと、こんなことを言い出した。
「なあ、もし20歳に戻れたらどうする?」
唐突な問いに思案する記者たちを眺めながら、落合は続けた。
「俺は野球はやらないだろうな。毎日、映画館に通って、ぼーっと暮らすよ」
落合は以前にもそんな話をしたことがあったが、今度の口調はそのときよりも真に迫っていた。
「王さんも、ノムさんも、すごいよな。この仕事をあれだけ長くやったんだから……」
そのとき私は、これまで能面に隠していた落合の内面から、何かが漏れ出してきているように感じた。
「睡眠導入剤っていうのかしら、あれを毎晩飲んでいるの」
「落合も私も最近はね、睡眠導入剤っていうのかしら、眠れない人のための。あれを毎晩飲んでいるの」
夫人は私の方に向き直って言った。ガラス窓の向こうでは中日が無得点で攻撃を終え、スタンドにため息が渦巻いていた。
「この間なんか、落合が着替えているのを見てびっくりしたわよ。首にも手首にも足首にも、あのゴムの輪っか……なんて言うのかしら……とにかく体中、あれをグルグル巻きにしてるんだもん。ああ、この人、こんなに悩んでいるんだって」
夫人の言う「輪っか」とは、磁気によって血流を促すネックレスのようなものだろうか。もしくは願をかけて、それが千切れると叶うというものだろうか。いずれにしても私は、それらでグルグル巻きになっている落合を想像してみた。
「20歳に戻れたら――」と落合が言ったのはそうした苦悩から逃れるためだったのだろうか……。
私の胸には、終わりの予感があった。
「聞いたか?」「西川さん、今年で退任するみたいだぞ…」
落合が監督になってからもう7年が経とうとしていた。張りつめた日々の緊迫感はやがて疲弊と枯渇を生み、勝ってもその度に批判の火種は増え、本社や球団との軋轢となり、世の中と時代の逆風がそれに追い討ちをかけていた。
すべてが同じように在ることはできない。落合でさえも、その摂理からは逃れられないのだ。私はこの夏、そうした想像を掻き立てる、ある情報に触れていた。
それは、ひと気の少ない昼間の球団事務所で涼んでいたとき、球団関係者との茶飲み話で、たまたま拾ったものだった。