オリンピックへの道BACK NUMBER

宮原知子24歳が現役引退 「努力する尊さを教わりました」日本女子フィギュア界で“努力のスケーター”が愛された理由

posted2022/03/27 11:04

 
宮原知子24歳が現役引退 「努力する尊さを教わりました」日本女子フィギュア界で“努力のスケーター”が愛された理由<Number Web> photograph by Asami Enomoto

3月26日に現役引退を発表した宮原知子。絶望的な状況から平昌五輪代表を決めた涙の全日本選手権にて(2017年)

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

photograph by

Asami Enomoto

 3月26日、フィギュアスケーターの宮原知子が競技からの引退を発表した。

 自身のブログに挨拶を掲載する形で伝えた。

「この度、現役を引退することを決断いたしました。唐突なご報告で申し訳ございません。いつが良いか思案した結果、自分の誕生日にしよう!と思い、本日となりました。」

 まぎれもなく、日本女子のエースとしてフィギュア界を牽引してきたスケーターだ。

 世界選手権は、初めて出場し2位になった2015年大会から昨シーズンまで7年連続で代表に選出(そのうち1回は欠場、1回は大会が新型コロナウイルスの影響で中止)。グランプリシリーズは計16大会に出場し表彰台は計10回。グランプリファイナルは2015-2016シーズンから4季連続出場し、表彰台に2度上がっている。また、全日本選手権は2011年に初めて出場して6位。以降、今シーズンまで11大会連続で出場し、4連覇を含め計7度、表彰台に上がった。国内外の大会での成績は宮原のいた位置を物語る。

 これらの成績に表れる以上の存在感とともに宮原は氷上にあった。「努力の人」としてスケーターとしての地位を築き、さらにシーズンを経て表現面でも深みを増していった。

「氷に乗りたくないと思ったことは一度もないですね」

 今も忘れられない言葉がある。2017年のインタビューでのひとことだ。

「氷に乗りたくないと思ったことは一度もないですね」

 調子が悪い日や体が疲れているとき、気持ちが沈んでしまうときはある、と宮原は言った。それでも乗りたくない、つまり練習したくないと思ったことはない。穏やかに、でもきっぱりと語った。多くのアスリートを取材してきた経験からして、それがとても印象深かったのは、そうではない選手が多いからだ。そしてそれは、アスリートの前に人である以上、自然でもある。だから宮原の言葉は心に残った。

 練習のない日も、フィギュアスケートから離れることはない、とも語った。

【次ページ】 絶望的な状況でも「気持ちも変わりませんでした」

1 2 3 NEXT
宮原知子
濱田美栄
オリンピック・パラリンピック
平昌五輪

フィギュアスケートの前後の記事

ページトップ