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“日本競馬の常識”を変えた藤沢和雄調教師70歳が引退…馬なり調教、記念撮影の改善「私は『馬のお陰』という気持ちを忘れたくない」
text by
平松さとしSatoshi Hiramatsu
photograph byAFLO
posted2022/02/25 11:03
JRA通算1500勝の大記録を持ち、今週のレースを最後に引退する藤沢和雄調教師(70歳)
改革3)自腹で作り上げた“馬のための環境”
集団調教や馬なり調教といった調教法の他に、競走馬を取り巻くハード面でも藤沢調教師が持ち込んだモノは数多い。
飼い葉には水を混ぜて与えるのが当たり前だったが、そのようなやり方は撤廃し、代わりに栄養価を計算した飼い葉を与えるようにした。
馬房の中の敷料である寝藁も改革した。寝藁は排泄物を取り除いた後、汚れた部分を日干しし、改めて馬房に敷いていたものだが、「衛生的ではない」と撤廃。代わりに麦稈(ばっかん)を敷いた。麦稈は使い捨てになるため経費がかさむのだが、「自腹を切ってでも馬のためにどちらが良いかを考えたら、答えは自然と出ました」と変更したのだ。
“自腹を切ってでも”という事では、馬房の前扉の導入もそうだった。以前は馬栓棒という横棒2本ほどが前扉代わりに設置されているのが当然。読者の皆様も写真等で見た記憶があるのではないだろうか? JRAのトレセン内にある厩舎は基本的にJRAからの貸与となる。主催者が用意した馬房が当時は馬栓棒だったのだ。
しかし、馬栓棒は人間の出入りこそ楽ではあったが、馬にとっては必ずしも良いモノではなかった。嚙みつき易い形状のため、実際に嚙んでしまう馬も多かった。そんな行為はいわゆる“グイッポ”と言って、空気を呑み込む悪癖に通じた。馬の場合、空気を呑み込む事は疝痛の原因にもなる。最悪の場合、それで命を落としてしまう馬もいるのだ。
また、クビから上だけ外に出せる形状のため、そのような体勢で左右に揺れるいわゆる“舟ユスリ”という悪癖をも誘発しかねなかった。「体をゆするくらい」と思われるかもしれないが、実際には両前脚に変な負荷をかけてしまうため、爪を割ったり、腱を痛めたり、時には競走能力を喪失するようなケースにつながる例もあった。
だから、藤沢調教師は馬栓棒を撤廃し、引き戸となる扉をつけた。先述した通り、JRAから貸与されている馬房ではあるが、伯楽は「自腹を切ってでも」馬のために引き戸に変更したのだ。