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「体育館裏、彫刻刀で左腕を…」マイケルや金正恩に技を披露した大道芸人が壮絶イジメ体験を中高生に伝える理由《中3で渡米、17歳でW杯》 

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キム・ミョンウ

キム・ミョンウKim Myung Wook

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photograph byCHANG-HAENG

posted2022/01/17 11:00

「体育館裏、彫刻刀で左腕を…」マイケルや金正恩に技を披露した大道芸人が壮絶イジメ体験を中高生に伝える理由《中3で渡米、17歳でW杯》<Number Web> photograph by CHANG-HAENG

中3で単身渡米し、世界を旅してきた大道芸人「ちゃんへん.」。W杯といった世界大会を勝ち抜くために、ストイックに技を磨いてきた

 パフォーマーとしての彼の経歴も説明する必要がある。

 中学3年で単身米国に渡り、パフォーマンスコンテストで優勝。サッカーW杯日韓大会で沸いた2002年には「大道芸W杯」に出場し、大会最年少の17歳で人気投票1位を獲得した。

 この「大道芸W杯」は毎年11月、4日間かけて静岡で開催されるアジア最大級の大道芸フェスティバルだ(昨年はコロナ禍で中止)。来場者は約200万人にも上り、日本国内のみならず、アメリカや欧州をはじめとした約20カ国から世界屈指のパフォーマーが集結する。

 現在は、W杯部門、オン部門、フリンジ部門、ニューカマーズの4部門に分かれて行われており、ちゃんへん.のようなジャグリングのほか、マジックやパントマイム、コメディ、アクロバット、中国雑技といった多岐に渡るパフォーマンスで競われる。ちゃんへん.は、このW杯に2009年まで出場を続けてきた(07年は不参加)。

 彼が最も得意とするのは「ディアボロ」を使った芸だという。日本では「中国ゴマ」と呼ばれる代物で、お椀の底同士をくっつけたような形をしたコマを2本のスティックの先端に結ばれた紐の上で回転させながら技を繰り出していく。ポピュラーなジャグリング道具の1つだろう。

 彼は見事にこのコマに魅了された。「休日になれば一日10時間、平日でも7~8時間は練習した」。信じられないほどの練習量、そして世界の猛者を退けてタイトルを獲得するあたり、もはや大道芸人というよりもプロのアスリートに近い。その圧倒的な努力によるパフォーマンスで、世界の大物までも虜にしてきた、というわけだ。

「領収書が発生する仕事は一握り」

 受賞歴は確かにすごいが、一般的に“大道芸”と聞けば、休日の大きな公園や路上、テーマパークなどで芸を披露し、終えたあとの“投げ銭”で生活しているイメージが強い。実際に飯は食っていけるのか。

「2010年代に入ってから、パフォーマーを目指す若い子は本当に増えました。東京でいえば『ヘブンアーティスト』(東京都が実施する審査会に合格したアーティストが公共施設や民間施設などを活動場所とする)や『歩行者天国』など、ライセンスを持ったアーティストを町おこしで起用することが増えました。でもいやらしい話、そんなレベルの高いことをしなくても、(投げ銭だけでも)そこそこ稼げるんです。

 ただ、僕みたいな“営業芸人”、要は出演料ありきで呼んでもらえる人はこの業界では少ない。ジャグリングに関してはほぼいませんし、領収書が発生する仕事をしている人はほんと一握りです」

 ちゃんへん.は2009年頃から競技から完全に離れている。楽しませてナンボの大道芸であるはずなのに、競い合うことに価値を見出せなくなったからだ。

「たとえば“ディアボロ”でコマが下から上に上るエレベーターという技があるんですが、あれは簡単すぎて点数にならない。僕はこういう芸をやりたいんですが、競技では無駄な時間になってしまう。楽しくないのに大会に出ていたんです。

 もちろん大会で優勝するとうれしい気持ちはありましたが、好きじゃないことをして優勝していることに違和感がありました。ハイレベルな技を羅列するだけでなく、自分のなかで“起承転結”の技をちゃんとやりたいっていう気持ちがあったんです」

【次ページ】 ちゃんへん.が見つけた新しい「やりがい」

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