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《異色の経歴》48歳の元マル暴刑事・関根“シュレック”秀樹がRIZINで見せたジャーマンスープレックスの意味「UWF、プロレス最強!」 

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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photograph byRIZIN FF Susumu Nagao

posted2022/01/08 17:00

《異色の経歴》48歳の元マル暴刑事・関根“シュレック”秀樹がRIZINで見せたジャーマンスープレックスの意味「UWF、プロレス最強!」<Number Web> photograph by RIZIN FF Susumu Nagao

48歳にしてRIZINのリングに上がり、見事に勝利を収めた関根“シュレック”秀樹

「外国人犯罪捜査」に活かすために通ったボンサイ柔術

 プロレスファンだった関根は、総合格闘技イベントPRIDEにもファンとして夢中になっていた。ヒクソン・グレイシーやアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラらブラジル人選手にも憧れていたため、いち道場生として彼らのコミュニティに溶け込もうとしたのだ。その時に入った道場が、RIZINライト級王者ホベルト・サトシ・ソウザやクレベル・コイケを輩出し、いまRIZINを席巻しているボンサイ柔術だった。

 あくまで外国人犯罪捜査に活かすために始めたブラジリアン柔術だったが、その気持ちが変わっていくのに時間はかからなかった。関根がボンサイの所属選手として柔術の試合に出るようになると、ブラジル人の練習仲間はもちろん、その家族、友人たちみんなが毎回、関根のことを声を嗄らして応援してくれた。すると次第に「俺はこの素晴らしい人たちのために頑張りたい」という気持ちに変わっていったのだ。

 こうしてますます柔術にのめりこんでいった関根は、その後、署長の理解もあり外国人犯罪捜査から交番勤務に異動。刑事時代より練習時間が取れるようになったことで、アジア大会や世界大会でも好成績を残すようになっていく。そして2009年には37歳にしてMMA(総合格闘技)デビューをはたし、ここから怒涛の7連勝。もちろん上司の許可を得ての試合だったが、公務員のためセコンドの交通費以外はノーギャラという異例の“プロ活動”だった。

「警察官でいれば将来の年金の心配もない。誇りもある」

 こうして警察官の仕事をしながら柔術とMMAの両方で活躍していた関根だったが、結果を残せば残すほど、自分の中の欲求が抑えられなくなってきた。交番勤務は刑事時代よりは練習時間が取れるが、それでも練習は週3回程度。ある程度までは勝てても、毎日2部練習、3部練習を行っている黒帯のトップ選手には週3回の練習では勝てないし、その差は縮まらない。もっと練習したいが警察官でいる限りこれ以上練習時間を割くことはできない。そんなジレンマがあったのだ。

 筆者が5年前に関根にインタビューした際、当時の思いをこう語っている。

「アジア大会に出場した際、世界大会で決勝まで進んだことのあるアンドレ・ガウヴァオンに勝てたんですよ。この時『週3の練習でこれだけできるなら、フルでやったらどうなるんだろう』っていう欲が、むくむく湧き出してきたんですね。

 だから、このまま警察官を続けるのかどうか、ずっと悩んでたんです。年齢のこともあるし、やっぱり家族もいますから。警察官でいれば生活は安定しているし、将来の年金の心配もない。また、警察官という仕事にも誇りを持っていたので、ジレンマはありましたけど、正直辞めることは考えてなかったんです。『警察官として厳しい勤務をしながら、世界のトップと渡り合えているんだから』っていうことで、自分を納得させていたんですよ。『しょうがないよね』って」

 しかしそんな時、関根が自分の気持ちを抑えられなくなるほどの話が舞い込んでくる。アジア最大のMMAプロモーション「ONE Championship」から、元UFCトップファイターであるブランドン・ヴェラとのONE世界ヘビー級タイトルマッチのオファーが届いたのだ。その時、関根は「決断するなら今だ!」と思ったという

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