フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER

《日本メディアの“誤表記”問題》フィギュアの五輪金メダル最有力・ワリエワのジャンプを「タノジャンプ」と書いてはいけない理由

posted2022/01/08 11:01

 
《日本メディアの“誤表記”問題》フィギュアの五輪金メダル最有力・ワリエワのジャンプを「タノジャンプ」と書いてはいけない理由<Number Web> photograph by Getty Images

ロシア選手権では283.48のスコアを記録し、北京五輪でも金メダルの有力候補に挙げられる、15歳のカミラ・ワリエワ

text by

田村明子

田村明子Akiko Tamura

PROFILE

photograph by

Getty Images

 12月の末に行われたロシア選手権で、283.48というとてつもないスコアで優勝した15歳のカミラ・ワリエワ。国内大会のためISUの記録には残らないものの、その桁外れの実力に日本でも大きな注目を浴びている。

 しなやかに身体を使う優雅な表現力と、男子に混ざっても戦えるほどのジャンプ能力。3アクセルと、4サルコウ、4トウループをはじめとする全てのジャンプを、両手をまっすぐ頭上で揃えた姿勢で跳ぶ。

 ところでこのジャンプを「タノジャンプ」と表記している日本メディアの記事が、このところいくつか目についた。だが、これは正しい表記ではない。

 ワリエワはこのままの勢いでいけば北京オリンピックで金メダルを手にする可能性が高く、彼女のジャンプが「タノ」だという誤解が日本で根付いてしまうことを危惧して、この機会にきちんと説明しておきたい。

「タノジャンプ」は“片手”を挙げて跳ぶジャンプ

 年季の入ったフィギュアファンなら周知のことと思うが、「タノジャンプ」の語源は、アメリカのブライアン・ボイタノである。1988年カルガリーオリンピックで前年の世界チャンピオンだったブライアン・オーサーと「ブライアンの闘い」を繰り広げ、金メダルを手にした選手だ。

 この彼のトレードマークとなった得意技が、片手を頭上に伸ばした姿勢で跳ぶ3ルッツで、ボイタノの苗字の最後をとって「タノルッツ」と呼ばれるようになった。

 その後、ルッツ以外のジャンプでも片手をあげて跳ぶ選手が出てくるようになり、「タノジャンプ」と呼ばれることが定着。女子で初めて試合で成功させたのは、ロシアのイリナ・スルツカヤだったと記憶している。

 タノジャンプはあくまで「片手」を上げる姿勢で跳ぶジャンプのことで、両手上げはそもそも元祖ボイタノがやっていないので、タノジャンプと呼ばれることはない。

多くの選手が「タノ」を組み込んでいるが…

 本来ジャンプを跳ぶときは、身体の軸をできるだけ細く作るために両手を胸の前でぎゅっとクロスさせる。タノジャンプは腕で締めないだけでなく、片手を上げるという左右非対称の姿勢で軸を保つという難しい技だ。

 採点法が2004年に現在の方式に変わってから、少しでも加点をとるためにこのタノジャンプに挑む選手が増えてきた。特にロシアの女子に多く、エフゲニア・メドベデワ、マリア・ソツコワなど、ほとんどすべてのジャンプを「タノ」にしていた選手もいる。

 だが本来は片腕をまっすぐ頭上に伸ばした姿勢の「タノ」だが、肘が曲がったままの状態で跳ぶ選手もいた。だがそれではジャンプの軸がきれいに見えず、こうした見栄えの良くないタノジャンプは関係者やファンの間では「ヘリコプタージャンプ」などと揶揄された。

【次ページ】 ワリエワの両手を揃えたジャンプは、どう表記すればいいのか?

1 2 NEXT
#カミーラ・ワリエワ
#ブライアン・ボイタノ
#アダム・リッポン
#羽生結弦
#北京冬季五輪
#オリンピック・パラリンピック

フィギュアスケートの前後の記事

ページトップ