ラストマッチBACK NUMBER
<現役最終戦に秘めた思い(23)>荒木絵里香「勝ってみんなと写真を撮りたかった」
posted2021/12/15 07:01
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
KYODO
36歳のキャプテンは、悲壮なる覚悟を抱いていた。東京五輪で引退するから、負けたらこれが最後――。そして運命の予選リーグ最終戦のコートに立った。
2021.8.2
東京五輪 女子バレーボール
予選リーグ A組 第5戦
成績
日本 1-3 ドミニカ共和国(10-25、23-25、25-19、19-25)
◇
東京オリンピックが終わって、ひと月が経っても荒木絵里香は自分を直視する気になれなかった。ドミニカ共和国との予選リーグ最終戦、これが26年に及ぶ現役生活の最後のゲームだったことは事実だが、どこかで振り返ることを拒絶していた。それだけ心に痛みが残っていた。
その試合のことを語る。今回の取材の前の晩になって、荒木はようやくビデオのリモコンを手に取った。
「ひとりで見なくていいから。一緒に見よう」
母の声に背中を押されて、恐る恐るあの日と向き合った。画面の中に見たのは、かつて目にしたことのない自分とチームメイトの姿だった。
《自分もみんなも、こんな表情でプレーしていたんだ、と驚きました。ひどい顔していましたから……。こんなはずじゃないという思いが顔に滲み出ていました》
2021年8月2日は、日本女子バレー代表にとって重要な日となった。勝てば決勝トーナメント進出、負ければ予選敗退。天国か地獄かを決する日だった。
東京・晴海の選手村、日の丸を背負った12人は重圧を抱えていた。その中でも、36歳の主将・荒木の心情はおそらく誰より重く、誰とも異なるものだった。