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「お前には夢があるだろ!」と救命胴衣を投げつけ、海に消えた兄……命懸けでプロの世界に辿り着いた“ボート難民”選手の壮絶な半生
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byGetty Images
posted2021/11/03 17:00
欧州サッカー界でプレーする“元ボート難民選手”たち。彼らは壮絶な経験を経て、プロの世界へと辿り着いたのだ
難民船には、救命イカダも浮き輪も積まれていなかった。ジュワラは今、レンタル先のクロトーネ(セリエB)で元気にボールを追い回している。
欧州でプロ選手になるために、彼らは文字通り命を懸け、それに成功した。
「こんなに根性あるイタリア人の若者は今どきいないぜ!」
彼らの物語を伝える報道に対しては、驚愕、感嘆するコメントが漏れなく寄せられる。 だが、彼らは“元ボート難民選手”のごく一部にすぎない。
暗闇の中で老朽船は沈み始めた
シェリフ・カラモコというギニア人MFがいる。無職だ。
母国における戦禍から逃れて、4年前に17歳でリビアからゴムボートに乗った。兄と一緒だった。
不法渡航は、監視船の目を逃れるために夜間に決行されることが多い。イタリア半島の爪先にあるカラブリア州沿岸に着いたとき、暗闇の中で老朽船は沈み始めた。
海中に投げ出されたシェリフ少年はエンジン燃料の混じった海水を飲んでは吐き出し、溺れる恐怖にもがいた。数少ないはずの救命胴衣を投げつけてくれたのは兄だった。
「お前が使え! お前にはサッカーっていう夢があるだろ!」
その後、兄は海中に消えた。
母はエボラ熱にかかり、すでにこの世にいない。彼女と異なる部族の出身だった父は、リンチを受けて非業の死をとげた。カラモコは今でも暗闇が怖い。
セリエBクラブのパドバに拾ってもらった彼は、公式戦に1試合だけ出場した後、20年夏で契約が切れた。コロナ禍の影響で次の所属先は見つかっておらず、今は自治体の生活保護を受けている。毎朝ボールと20km走るのが日課だ。
「いつかセリエAでプレーするのが夢です」
カラモコの言葉の何と重いことか。
光も闇も抱えながら、21世紀の欧州サッカー界は進んでいく。