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「彼はまだキッズのようだったから…」石川祐希に世界最高セッター・ブルーノ(ブラジル主将)が贈った言葉《バレー五輪秘話》
posted2021/08/27 11:05
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
JMPA
ひとつひとつ積み重ねてきた成長を、コートの上で明確に表現した。バレーボールはやっぱり面白い。そう感じさせてくれた。
東京五輪の男子バレーボール。日本勢が手にした58個のメダルという枠の中に彼らはいない。けれども、見る者の心に刻み込まれた記憶は、閉幕から時間が過ぎた今もなお色褪せないどころか、どんどん膨らんでいる。
その中心にいたのは、石川祐希だった。
8月3日の準々決勝ブラジル戦。前回のリオデジャネイロ五輪の覇者であり、世界ランキング1位の“王者”に対し、日本は0-3(20-25、22-25、20-25)で敗れた。数字だけ見ればストレート負け、というくくりにとどまるかもしれない。だが、1ポイント毎に見せた鍛錬の裏付けを感じさせるプレーや、それによって描かれた試合展開には、「オリンピックの準々決勝」にふさわしい熱量が確かに存在した。
試合が終わると、石川は一度だけユニフォームの裾を引っ張り上げてぎゅっと噛みしめ、その後はキャプテンとしての役割に没頭した。一礼をした後に仲間を集めて円陣を組み、すがすがしさを湛える表情でこう言った。
「この悔しさを忘れずに次に繋げるしかない。またこのあとアジア選手権がある。そこに招集されるメンバーもいるし、今大会で終わりのメンバーもいる。それぞれ強くなって集まるしかない。次にまた進んでいこう」
円陣を解いてからは涙がにじんで止まらない様子だった。ユニフォームで、指で、タオルで、何度も目元をぬぐった。すると、ベンチに座り込む石川のところに、ブラジルの主将であるブルーノ・レゼンデが行き、柔らかな表情で何やら声を掛けた。
「俺のトスに合わせてくれ」と要求したブルーノ
今年4月に全日本男子の主将に任命された石川が、目指すキャプテン像として名前を挙げていたのがブルーノだった。
「表現力が豊か。勝ちたい思いが前面に出ている。リーダーシップを取っている姿勢がチームにも浸透している」
石川が中央大学1年の冬に初めて行った海外チームはイタリアの強豪モデナだった。そこにはブラジル代表の正セッターとして08年北京五輪、12年ロンドン五輪で銀メダルを獲得していたブルーノがいた(その後、16年リオデジャネイロ五輪で金メダル)。
日本のセッターが、アタッカーの打ちやすいトス、アタッカーの求めるトスを上げようと考える傾向にある中、モデナで出会ったブラジル代表セッターから「俺のトスに合わせてくれ」と要求されるのは、新鮮だった。