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最強女王・エナンが39歳に 「嘘つきでずるい人」セリーナを激怒させた“18年前の知らんぷり事件”とは?
posted2021/06/01 11:00
text by
山口奈緒美Naomi Yamaguchi
photograph by
Getty Images
過去20年間でクレーコート最強の女王を選ぶなら、全仏オープンを4度制したジュスティーヌ・エナンで決まりだろう。
引退からもう10年が経ったが、ローランギャロスでの優勝回数はセリーナ・ウィリアムズの3回を上回る。セリーナとの通算対戦成績は6勝8敗と負け越しているものの、クレーでは4勝1敗と完全に分があった。世界1位にはトータルで117週君臨。歴代7位の長さであり、キム・クライシュテルスとともに〈ベルギー全盛期〉という一つの時代を作った。
「みんな彼女が好きよね。でも、これは映画じゃない」
欧米の選手としては167cmと小柄ながら、正確なショットと俊敏さ、読みの鋭さを駆使し、狡獪な心理戦にも長けた勝負師だった。なんといっても最大の武器は、かつてジョン・マッケンローが「男子も含めて最高級」と称えた片手打ちのバックハンド。その体格からは想像もつかない威力と精密さを備えていた。
18歳のときの全米オープンでの4回戦進出で脚光を浴びた。3回戦で破った相手が、当時アイドル的な人気を一身に集めていた19歳のアンナ・クルニコワだった。6-4、7-6(5)で競り勝ったエナンは、その後の記者会見でこう言ってのけたものだ。
「アンナはかわいくて、みんな彼女が好きよね。でも、これは映画じゃない。私たちはテニスをするためにここにいるの」
あとになってみれば、いかにもエナンという発言だった。女性を強調するようなオンコート・ファッションとか可愛らしい髪型とか、そういったものに興味を注がず、どこか冷たく、隙がない。ただ、「映画じゃない」と言ったが、映画のような、ドラマのような女の戦いをいくつも演出した。この人ほど多くの選手と因縁を持った選手もいないかもしれない。
セリーナを怒らせた“知らんぷり事件”
なかでもセリーナとの喧々としたライバル関係は有名だ。象徴的な出来事が起こったのは2003年の全仏オープンの準決勝。ディフェンディング・チャンピオンで第1シードのセリーナと初優勝を狙う第3シードのエナン――当時21歳同士の注目の対決は最終セットにもつれ、ベルギーでもフランス語圏の出であるエナンを観客たちが極端に応援する中、セリーナが4-2のサービスゲームで30-0と優位に立っていた。次のポイント、スタンドがなかなか鎮まらないのでエナンが左手を上げた。「まだサーブを打たないで」という合図である。しかしトスを上げてボールを打つ直前にその動きに気づいたセリーナは、恐らくモーションを止められず、サーブをネットにかけた。