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井上潮音、初J1&ヴィッセル神戸移籍の裏にある決断「イニエスタを超えろ」東京V永井監督の言葉を胸に
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byVISSEL KOBE
posted2021/04/07 11:02
自身にとっても勝負の年と位置付けるJ1初挑戦のシーズン。恩師の言葉を胸に新たな舞台で躍動している
「自分の理想が5年間も叶わず、いよいよ今年で24歳。そろそろというか、もう上のステージにチャレンジしないといけない年齢だと思った」
残留か、移籍か――悩んだとき、ふと思い出したのはまたしても永井監督の言葉だ。永井監督が現役を引退した2016年、井上はルーキーとしてトップチーム入り。1年間だけではあったが、チームメイトとしてプレーしたことがある。永井監督は当時から才能ある井上に目をかけ、口癖のように言い続けてくれたことがあったという。
「潮音、お前はイニエスタを超えろ」
まだ、イニエスタがJリーグに来る前の話だ。でも、今の神戸にはイニエスタがいる。自分を人間としても成長させてくれた恩師の言葉を現実のものにするために、ここでヴェルディを離れないといけない……そう決意した井上は、その思いを永井監督に伝えた。
すると、永井監督は井上の背中を力強く押した。
「潮音が一番成長をするための手段を選んでここまでやってきたんだ。ヴィッセルに行くなら、イニエスタを超えてこい。そう言われました」
我慢していた涙が溢れた。でもすぐに、肩を叩いてくれた永井監督にしっかりと宣言した。
「これまでたくさん悔しい思いをさせてくれて、本当にありがとうございます。全力で頑張ってきます」
イニエスタを超えろ。
迎えた2021年、井上はまだイニエスタと同じピッチに立ってプレーしていない。だが、練習や試合を通じて、ボールを受ける前の動き出しや判断など、具体的なアドバイスをもらっている。それは、彼にとって何より大きな学びとなっている。
しかし今後、イニエスタが怪我から復帰すればポジションを争うライバルになる。さらにFWリンコンらが合流すれば、井上の立ち位置は安泰ではなくなるだろう。それでも、井上は前を向く。
「まだ目に見える結果を出していない。ゴールとアシストを貪欲に狙い、自分の長所であるボールを奪われないプレー、リズムを作り出すプレーを磨いて、どんどん自分の存在意義を高めていきたい。この環境で一日一日を、毎試合を100%で臨む。そうすればその先に日本代表が見えてくると思います」
井上らしい柔らかな表情の中に、時折のぞかせる鋭い視線。そこには永井監督によって教えてもらった「強さ」が垣間見える。
「イニエスタを超えろ」
この言葉を胸に、井上は新たにクリムゾンレッドのユニフォームを身に纏った。その先にある日本代表と世界に向かって、関西の港町からリスタートを切っている。