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「忘れようと思いました」10年前 “3.11の決戦” 屋敷伸之vs松尾歩、敗者が失った“途轍もなく大きな何か”とは 

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北野新太

北野新太Arata Kitano

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photograph byNanae Suzuki

posted2021/03/11 17:02

「忘れようと思いました」10年前 “3.11の決戦” 屋敷伸之vs松尾歩、敗者が失った“途轍もなく大きな何か”とは<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

2011年3月11日も屋敷伸之九段や松尾歩八段をはじめ棋士たちが対局を続けた将棋会館

 乾坤一擲の勝負を制した屋敷は、翌期から参戦したA級に3期在籍した後に陥落した。舞い戻ったB級1組の1期目ですぐ再昇級する離れ業をやってのけたが、さらにA級3期を戦って'18年に降級した。

「あの将棋のことを忘れることはありません。でも、10年は長かったような、あっという間だったような。何とも言えない感覚です」

 2020年冬。屋敷が非常時の日常を見た「みろく庵」も、松尾の心を包んだ「あり」も今はもうない。B級1組は今期から降級枠が2から3に増え、生存競争は別次元の厳しさになった。来期からは現在B級2組の藤井聡太が参戦する公算も大きい。

 松尾は「まだチャンスは来ると思っているので、今度は掴みたいです」と誓う。50代を前にした屋敷は「私には将棋以外の選択肢はないので、まだまだ飽き足りずに戦っていきます」と言った。

2020年、クリスマスイブ。再び……

 何もかも、あの夜と同じだった。

 2020年、クリスマスイブ。将棋会館「高雄の間」で第79期順位戦B級1組10回戦を戦ったのは屋敷と松尾だった。

 あの時と同じ横歩取りの将棋。重い攻防が続く。夜戦に突入して一気に発火した激闘を制したのは屋敷だった。「鬼の棲み家」に棲む鬼たちは、男の顔をして棋士という宿命を闘い続けている。

 大きな1勝を挙げて4勝6敗とした屋敷伸之は「今日は勝ち運がありました。まだまだ厳しい戦いが続きますね」と感想戦後に言った。4勝5敗となった松尾歩は戦いの場を静かに去った。今期の二人が目指すのは上の舞台ではない。生存である。

 B級1組最終局は'21年3月11日に行われる。6月には来期が開幕する。真の着点などない。途上の夜は繰り返される。

【前回を読む】10年前、将棋会館は激しく揺れた A級をかけた“屋敷伸之vs松尾歩”、盤の前からすぐには動かなかった理由

屋敷伸之Nobuyuki Yashiki

1972年1月18日、北海道生まれ。故・五十嵐豊一九段門下。'88年四段。2004年九段。タイトル戦登場は7回。獲得は棋聖3期。棋戦優勝は2回。'90年、当時史上最年少の18歳6カ月で中原誠から棋聖位を奪取。変幻自在の指し回しから異名は「忍者屋敷」。趣味は競艇。

 

松尾歩Ayumu Matsuo

1980年3月29日、愛知県生まれ。所司和晴七段門下。'99年四段。2015年八段。三段リーグを1期抜けしたのち、'01年新人王戦優勝。'01年度将棋大賞新人賞受賞。「松尾流」を冠した戦法でも知られ'13年度には升田幸三賞を受賞。近年はファンから「セクシー」の異名も。

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