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東海大一・サントス、武南・ 江原、岐阜工・ 片桐…得点王3人が語る選手権秘話「バナナシュートは神様の合図で」
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byHideki Sugiyama
posted2021/01/10 11:02
左から三渡洲アデミール、江原淳史、片桐淳至
柴崎くんがあっさりとボールを譲ったのを見て
サントスが輝いた“チーズとネズミ”大作戦が、15年後にリバイバルする。
決勝で国見に敗れるまで、片桐は6ゴールを決めた。その陰にある、チーズになっての4アシストも見逃せない。実況は毎試合「この大会は片桐くんにとって、Jリーガーになるための就職活動です!」と叫び、大会後には地元に近い名古屋のユニフォームに袖を通すことになった。すべてがシナリオ通りになった。
もっとも、複雑な思いも残った。片桐には忘れられないシーンがあるという。
決勝では立ち上がりに国見の柴崎晃誠(現サンフレッチェ広島)が6点目を決め、ゴール数で並ばれた。しかも後半には国見がPKを獲得。柴崎がボールを抱え、スポットに向かおうとする。
これを決められたら、得点王はない。「やめてくれ!」という片桐の願いは天に届いた。2年生の柴崎から、上級生がボールを奪い取って蹴ったのだ。
片桐は胸をなでおろしたが、一方で「負けた」と思った。
「柴崎くんがあっさりとボールを譲ったのを見て、これが全国で何度も優勝しているチームなんだと思いました。彼らは個人タイトルで大騒ぎしたりしない。全国優勝したことがないぼくらとの、格の違いを見せつけられたような気持ちがして……」
限られた時間を無駄にするのは、ぼくだけで十分
片桐は13年もの歳月をプロとして過ごしたが、陽の当たる道を歩み続けたわけではない。J2、JFL、東海リーグとあらゆるカテゴリーを渡り歩いた。J1でのチャンスは少なく、まわり道ばかりしたという思いはいまも消えない。
「プロは試合に出なければ話にならない。でもぼくはチーム選びや移籍の知識がなく、プロ経験者の少ない岐阜にはアドバイスを求められる先輩もいなかった。限られた時間を無駄にするのは、ぼくだけで十分。そんな思いもあって、いま故郷で新しいチームを立ち上げようとしているんです」
片桐がそうであるように、サントスは静岡で、江原もまた埼玉で次世代の育成に心血を注ぐ。だれよりもゴールを決めた冬の選手権のヒーローたちは、いまもなおサッカーに夢を追い続けているのだ。