正直、次のことは考えていなかった。

　最後のラリーは4回だった。

　張潔ブンのリターンがネットにかかった瞬間、末綱と前田はまずお互いを見つめ合った。そして衝動のままラケットを放り投げると、その場に崩れ落ちた。ふたりはコートに突っ伏したまま、同じ方を向いて泣いた。これは現実なんだと自分に言い聞かせるように顔を覆って泣いていた。

　アリーナには稀有なドラマを目撃できた人たちの幸せな喝采が響いていた。

　これがのちに日本バドミントン界の歴史を変えたと言われるゲームだった。

「中国ペアに勝てたことで満足です。あの時も今も、それは変わりません」

　末綱と前田はその後、日本人がだれも踏み入ったことのない領域で戦った。

　準決勝で韓国のペアに敗れ、3位決定戦では別の中国ペアに敗れた。その2試合での自分たちを、末綱はよく覚えている。

《私たちは準々決勝で負けるだろうと思っていたので、正直、次のことなんて考えていませんでした。準決勝になって、急に勝てばメダルなんだということに気づいて、それまで意識していなかった勝ちを意識したんです。そうするとどうしても攻めを急ぐというか……。それまでの自分たちのプレーではなかったような気がします》

末綱の胸を満たす恍惚のラリー。

　日本バドミントン史上最高の4位――。

　その響きは、だからだろうか、ほんの少しの苦味を含む。ただ後悔は微塵もない。今も末綱の胸を満たしているのは、ありったけを出し尽くしたあの恍惚のラリーだ。

《たしかに私たちはメダルを取ると考えていなかったから、取れなかったのかもしれません。ただ順位は1、2、3、4とつきますけど、自分はそれと関係なく、準々決勝であの中国ペアに勝てたことで満足です。あの時も今も、それは変わりません》

　前田には北京で忘れられない出来事がある。3位決定戦で敗れた瞬間、つまりふたりの戦いが終わった瞬間、末綱がまず自分に歩み寄ってきて「ありがとう」と言ったことだ。その目に涙が光っていたことだ。

《私は感情のままに泣くタイプでしたけど、末綱先輩は負けて泣くような人ではありません。そういう場面を見たこともありませんでした。ダブルスはパートナーがいないとできません。私たちはぶつかりながらもすべてを出し尽くせたので、あの「ありがとう」は私の存在自体に対するものだったのかなと……。すごく深い意味が込められていたんだなと、今、あらためて思います》

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