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小林悠が卒業文集に綴ったことは?
母への感謝、親となった今の気持ち。
text by
林遼平Ryohei Hayashi
photograph byJ.LEAGUE
posted2020/06/05 20:00
今年で33歳となるFW小林悠。2017年にはJリーグMVPにも輝いたが、学生時代は決して順風満帆ではなかった。
卒業文集では「サッカー」に触れず。
中学校時代の卒業文集に、その苦悩が見て取れた。小さい頃からサッカーに没頭していた少年ならば、さぞプロ選手への夢を綴っていると思われたが、書かれていたのは合唱コンクールの指揮者としてクラスをまとめたこと。サッカーの「サ」の字も触れられていなかったのには、確かな理由がある。
「小学校の時はサッカーで少し有名でしたけど、中学の時が一番、何もなかったのを覚えています。川崎フロンターレと湘南ベルマーレのユースのセレクションに落ちたこともあって、サッカーのことを書ける状況ではなかった。プロになることも頭に無かったし、それに『プロサッカー選手になりたい』と書いて周りから無理だと思われるのも嫌でした。それを気にしていたのを覚えています」
当時を振り返り「どんなことを書いていたかなと思って見てみたら、そんなこと書いていたのかと。あの時のことを思い出して笑っちゃいました」と笑顔で答える小林に、改めて疑問を投げかけてみた。
「なぜそれでもサッカーを辞めなかったのか」と。
その答えには、やはり家族への思いがあふれていた。
言い訳は全部自分に返ってくる。
「サッカーをするには遠征費やサッカー用具など、すごくお金がかかります。その時は再婚していましたけど、小さい時から母子家庭で散々お金がないときにも続けさせてもらっていたのに、ここで辞めてしまったら申し訳ないなと。自分がもしお金持ちだったら普通に辞めていたかもしれません。でも、小学校の時にプロになりたいと思ったのは、母が1人で俺と兄貴を育ててくれて、そんな母に楽をさせてあげたいと思ったから。だから辞められなかったですね」
苦しい時代を経て、高校、そして大学と進学していく中、小林はプロへの思いをどんどん強くしていった。周りに流されたりしてもおかしくない状況下で、自分にベクトルを向け続けてこられたのは家族の支えがあってのこと。
「言い訳する要素はいろいろあったけど、そこは全部自分に返ってくると思っていた。周りどうこうではなく自分に集中していた」
だからこそ、プロへの道を切り開けたのである。