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「もう辞めます」で叱られて……。
桃田賢斗が一番の武器に気づいた日。

posted2020/05/08 11:30

 
「もう辞めます」で叱られて……。桃田賢斗が一番の武器に気づいた日。<Number Web> photograph by AFP/AFLO

2014年12月のスーパーシリーズ・ファイナルズ3日目、トミー・スギアルト(インドネシア)を相手に粘り勝ちを果たした桃田。

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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 2018年9月27日に初めて就いたバドミントン男子シングルス世界ランク1位の座を、1年半以上キープし続けている。

 昨年は、あのリー・チョンウェイの記録を抜き、歴代最多となる国際大会年間11勝を挙げた。

 今年1月にマレーシアで交通事故に遭ったときに、マレーシア首相夫人の見舞いを受けたことからも明らかなように、桃田賢斗(NTT東日本)はバドミントン界の顔であると誰もが認めるナンバー1の選手である。

 違法賭博問題による約1年間の謹慎生活や絶頂を極めているタイミングでの交通事故、事故から3週間たって発覚した骨折および手術。山あり谷ありの人生を送る桃田だが、そのたびに見せている競技に対する強い思いが多くの人々の胸を打ってきた。

 何が起きても「バドミントンを辞める気持ちにはならなかった」と言い続けてきた。

「もう辞めます。僕は持っていない」

 ヘアピンなどの超絶なテクニック以上に、今やバドミントンに対する確固たる愛情こそが一番の武器であると思わせる桃田。しかし、彼とて若い頃からそこに気づいていたわけではない。

「もう辞めます。僕は持っていない。ここまでの選手です」

 桃田はうなだれながら声を絞り出していた。

 '14年12月7日、東京・代々木第二体育館で行なわれた全日本総合選手権男子シングルス決勝。当時の世界ランキングは15位、初の全日本タイトル獲得へ自信満々に臨んだ当時20歳の桃田は、決勝でベテランの佐々木翔(トナミ運輸)に2-0(21-11、21-19)でまさかのストレート負けを喫した。

 そのときにチーム関係者の前で口を衝いて出たのが「もう辞めます」という言葉だった。

【次ページ】 ドバイに着いても気持ちは回復せず……。

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