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野茂英雄を癒した「SUKIYAKI」。
25年前に感じた温かい野球の記憶。

posted2020/04/25 20:00

 
野茂英雄を癒した「SUKIYAKI」。25年前に感じた温かい野球の記憶。<Number Web> photograph by AFLO

野茂英雄のメジャー挑戦は決して万人に応援されていたわけではない。「SUKIYAKISONG」はその孤独を癒したものの1つだっただろう。

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笹田幸嗣

笹田幸嗣Koji Sasada

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AFLO

 時間をもてあます日々が続いている。パソコンの前に座る時間が増え、暇つぶしにYouTubeを見ていると、こんなビデオが目に飛び込んできた。

『上を向いて~SING FOR HOPEプロジェクト』

 4月13日に公開された演出家の宮本亜門さんが率いるこのプロジェクトは、新型コロナウイルスと闘っている方、医療従事者の方、生活を支えるために働いてくださる方、また部屋で不安を抱え未来を案じている皆さんに、少しでも希望を感じていただきたく発足しました、とある。

 その第1弾として選ばれた曲、それが「上を向いて歩こう」だった。

 この曲は米国でも「SUKIYAKI」として、1963年6月15日にビルボードの週間ランキングで1位を獲得したほど有名だ。日本の楽曲で唯一『全米1位』を記録したそうだが、ドジャース時代の野茂英雄さんがマウンドに上がる際のWalk up songだったことを知る方は多いと思う。

 今回はそんな“野茂英雄とSUKIYAKI、そして、ドジャーブルーの心”について触れてみたい。

デビュー3戦目、本拠地初登板。

 この曲が初めてドジャースタジアムで流れたのは、1995年5月12日のセントルイス・カージナルス戦。野茂にとってはデビュー3戦目の登板も、本拠地初登板の試合だった。

 今はどの球場に行っても、選手の登場曲はPAシステムから原曲が流れる時代となったが、当時のドジャースタジアムは違った。選手の出囃子も7回に流れる「Take me out to the ballgame(私を野球に連れて行って)」も5階にある記者席の右翼側に座るナンシー・へフリーさんが弾くオルガンから奏でられた。

 '88年から数年前までオルガニストを務めたナンシーさんに『SUKIYAKI』を選んだ理由を聞いたことがある。彼女の言葉は温かかった。

「日本から異国にやって来た彼を励ますことは出来ないかと、私なりに考えました。私が知っていた日本の曲で一番有名だったのがこの曲だったんです」

【次ページ】 ドジャースの「青い血」。

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