濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
リングで“2.9次元”ミュージカル!?
マッスル坂井、「ご時世」と遊ぶ。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2020/04/03 20:00
ミュージカルの最後にはカーテンコールも。写真左から、樋口和貞、今成夢人、竹下幸之介、納谷幸男。劇中歌はマッスル坂井と親交の深いRAM RIDERが製作するという本格的なもの。
観客の“参加感”を高めるイベント。
普通、パンフレットやTシャツなどのグッズを買うのは“サブ”的な楽しみだ。だけど“テニミュ(『テニスの王子様』ミュージカル版)”ならぬ“フィニミュ”に関しては、漫画購入が大会を楽しむことと直結している。売店に並んでお金を払い、席に戻って漫画を読むことで、観客はさらに能動的になる。プロレスの観衆は試合をただ見ているのではなく、声援や拍手などを通じて参加しているのだと言われる。その“参加感”を、『必殺技乱発』は別の形で浮き彫りにした。
まあ理屈はともかく、とにかく楽しい。「来てよかった」と会場にいる全員が思ったはずだ。
休憩明け。始まった2.9次元ミュージカルは、思わず見入ってしまう出来栄えだった。選手たちは闘い、歌い、踊る。決めポーズに決め台詞も完璧だ。重要なのは「腐女子とかプ女子はどうせこんなのが好きなんだろ」といった目線がなかったこと。歌も演技も繰り出す技もあくまで真面目で、でもパロディという前提があるから照れることなく楽しめる。
「プロレスやらせてくれ!」と叫んだ今成夢人。
そして終盤、2.9次元は限りなく3次元の現実に近づいていく。
“劇中試合”で敗れた今成夢人が「もっとプロレスやらせてくれ!」と叫ぶ。それは「この負けでは納得いかない。再試合をやらせてくれ」というセリフなのだが、観客は別の意味も感じ取った。これは大会の延期と中止が相次ぐプロレス界、そこに住む全員の偽らざる心情だ。このご時世、誰が悪いとかじゃないのは分かってる。でもプロレスラーである以上、試合ができなくては生きている実感がないのだ。まして今成はDDT映像スタッフでもある兼業レスラーだ。「俺は試合で認められたいんだ」という思いも込められていただろう。
総合演出(役)のユウキロックが今成に問いかける――たくさんのレスラーがやりたくても試合ができない状況なんだ。お前はそんな中で何を見せられるんだ。対戦相手の納谷幸男は「俺だっていろんな挫折してんだよ!」。貴闘力の息子、つまり“大鵬3世”である納谷は、今成とは逆に“サラブレッド”ゆえの苦しさを味わってきた。リング上で、ミュージカルの最中に心の叫びがこだまし合う。