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西岡剛、中田翔、根尾昂の追想。
坂道を駆け抜けた大阪桐蔭の3年間。 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

PROFILE

photograph byHideki Sugiyama

posted2020/02/09 11:30

西岡剛、中田翔、根尾昂の追想。坂道を駆け抜けた大阪桐蔭の3年間。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

2018年夏の甲子園決勝では金足農に13-2と勝利し、史上初2度目の春夏連覇を果たした。

どうしたら打てるのか、初めて考えた。

 そして中田にはもう1つ、あの場所を離れてから気がついたことがある。

「プロ3年目に半月板の怪我をしたんです。言い方は悪いんですけど、そこで初めて野球と向き合いました。どうしたら打てるのか、初めて考えました」

 1年目は一軍の試合にすら出られなかった。2年目は出たものの何もできなかった。そうして迎えた3年目は開幕スタメンで意気揚々だったが、すぐに二軍に落とされて、その直後に左膝を壊した。松葉杖の自分を見て、初めて怖くなった。

「このままじゃダメだ。首を切られてしまうと初めて思いました。高校の時は投げることが好きで、打つことには興味がなかったですし、何試合か打てなくても本番になれば打てるやろって感じで、実際に1試合でホームラン3本打ったりしていましたから。プロに入ってからも、俺、中田翔だよ、ドラフト1位なんだからそんな簡単に切られないだろって思っていたんです」

 そうやって消えていったドラフト1位は数知れない。ただ、中田という才能は努力の仕方を知っていた。いや刷り込まれていたと言ったほうが正しいかもしれない。

坂道に直面した時に気づくあの3年間。

 寮の部屋でひとり。松葉杖を置くとバットを握った。テレビ画面に自分の打撃フォームを映し、これまで見向きもしなかった他の打者の映像も凝視しながら、何度も何度もバットを振ってみたのである。

 生まれて初めて自らの才を疑った瞬間、中田の胸に響いたのは、いつかあのグラウンドで聞いた声だったという。

「そういえば、西谷さんにどっしり構えることであったりとか、とにかく打席に入ったら力を抜くことであったり、そういうことを常日頃から何度も何度も口うるさく言ってもらっていたな、と。あの頃の僕はあまり聞いていなかったんですけど……」

 その年、松葉杖のとれた中田はプロ初ホームランを放ち、野球選手としての人生を切り開いていった。

 なぜだろう。あの野球部の3年間は彼らが人生の坂道に直面した時にこそ問いかけてくる。純情過多のゴン太も、才能を無造作にぶら下げていたガキ大将も、そこであの急斜面の意味に気づくのだ。

【次ページ】 常勝の宿命を背負っていた根尾世代。

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